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Archives for 未分類

新しいサイトを作りました
件名の通り、新しいサイトのお知らせです。 1ヶ月ほど前に、 モットチャント というサイトを作って、ぼちぼち更新しております。 内容は実存の部屋の記事をもっと見やすく、かつ、もっと分かりやすくした感じです。 焼き直しと言うと響きは悪いですが、モットチャントの方が確実に記事のクオリティーは上がっています。 ある程度マーケティングを意識していることもあり、実存の部屋(僕のメルマガ)に比べれば杉野色は薄くなっていますが、良く言えば文章がスッキリしています。 「実用性が上がった」と言ってもいいかもしれません。 実存の部屋も続けていくつもりではいますが、もはやブログというよりも「メルマガバックナンバーの倉庫」のような感じになると思います。 その代わりモットチャントの方はこれからガンガン更新していきますので、もしよかったら読んでみてください。     ...more»
美術鑑賞のお誘い
ども、ペスです 突然ですが、僕と一緒に京都市立芸術大学の作品展を見に行きませんか? たまには誰かと見に行くのも面白いかなー、と思いまして。 作品展の日程は2月13日(水)から2月17日(日)まで。 見に行く日はそちらに合わせます。 気が向いたら info●philosophia-style.com (●は@へ変換) かブログ上部の問い合わせからメールを送ってくださいませ。 詳細はその後に決めましょう。 ちなみに、申し込みがなくても一人で行ってきます(笑) 今回はそんだけ。 日程が迫っているので、行く場合は早めにご連絡くださいませ。 ではではー。     ...more»
素材化するコンテンツ
ども、ペスです。 以前ボーカロイドについて話した記事で、ボーカロイドは楽曲ではなく声という素材を 提供するものとして登場した、という話をしたと思うのですが、昨今の動画投稿サイトの 現状を見ていると、それはボーカロイドに限った話ではないような気がしてきました。 例えばMADと呼ばれる編集映像(MA?)が1つあげられます。 これは言葉で説明するより、実際に動画投稿サイトで「MAD」と検索してもらった方が 早いと思うのですが、要は個人が勝手に音楽に合わせて映像を編集したものです。 種類は多種多様で、ものによってはプロモーションビデオとして使えるぐらい恐ろしく クオリティーの高いものもあります。 著作権的にはほぼ全てがアウトだと思いますが、このようにコンテンツを素材として 利用した動画がサイトに大量にアップされている現実は見逃せません。 またMADとは少し違いますが、映像と音声の両方を編集して、編集映像に サンプリング曲を付け足したような動画も存在します。 ここまでいくと、元となったコンテンツの原型はなく、全くの別作品です。 他にもゲーム実況動画というのは、ゲームを素材として使っています。 コンテンツとして自らゲームを楽しむと共に、そのゲームを1つの素材として使い、 新たな動画を作り上げる。 こういう新しいコンテンツのあり方が生まれてきているワケです。 これらの例からも分かるように、今や、データ形式におけるコンテンツは世に出た 次の瞬間には素材と化しています。 コンテンツをコンテンツとして使うか素材として使うかは利用者側に委ねられている。 つまり現代人の需要を満たすためには、コンテンツとしてのクオリティーの高さと、 素材としての使いやすさや魅力が必要となってきているのです。 例えば、比較的よく見かける動画に松岡修造の映像や音声を使ったものがあります。 なぜ松岡修造があんなに“素材として”人気なのかは分からないですが、彼の場合は コンテンツとしてよりも、素材としての方が断然人気が高いワケです。 ということはですよ? 松岡修造の音声をまとめて「松岡修造音声集」なんてのを作ったら、ボーカロイド的に 結構売れるような気がしませんか? いや、せっかくなら松岡修造のボーカロイドを作ればいいのです(笑) 映像が必要なら松岡修造をモデルにしたモーションキャプチャーなんかを作って 売り出してもいいかもしれません。 もう少し真面目な話としては、人気アニメのセリフを素材集として売り出せば、 個人でもラジオドラマやアニメを作れるようになり、ボーカロイドみたくみんなの 創作意欲が爆発するのではないかと思います。 どうせコンテンツが素材として使われることが分かっているなら、最初から有料で 使いやすいカタチにして売り出しておけばいいのです。 これなら利用者も編集の手間が省けるし、販売者も著作権収入がある程度確保できる ようになります。 そして何より、新しくて面白いものがたくさん生まれてきやすくなる。 これがコンテンツを予め素材としても売り出す最も大きな意義です。 現代人の欲求は「受け取ること」よりも「与えること」にシフトしてきています。 人間は元々与える欲求の方が大きいはずなのですが、今まではインフラが整って いなかったため、ほとんどの人は受け取るだけで満足せざるをえなかったのです。 けれどもインターネットが登場し、ブログが登場し、動画投稿サイトが登場したことで 誰もが容易に与える側に立つことができるようになりました。 そして動画投稿サイトで他人の作った下らない動画が何万回も再生されている現実を 見ることによって、 「こんなんでいいなら、俺でも作れる!」 という勇気をわれわれは得たのです。 今や、与えることを邪魔する要因は(旧式の)著作権だけとなりました。 今後の課題はこの著作権をいかにして乗り越えていくか、です。 また機会があれば、この著作権についても考えてみることにしましょう。 それでは。 ...more»
事務的なお知らせ
今日から7月21日までワケあって誰とも連絡が取れなくなります。 その間はブログやツイッターなども一切更新されません。 最近少しずつアクセスが増えているので、念のためにお知らせしておきます。 ではまた10日後に。 ...more»
2009年総まとめ
  あけましておめでとうございます。 なんとなーく2009年のまとめ的なものを 作ってみようかと思い立ちました。 「別にまとめなくても全部覚えてるYO!!」 という場合は無視してもらって構わないんですが、 僕は誰よりも自分の言ったことを忘れる人間なので 自分のために色々まとめておこうかな、と(笑) 人の言ったことはめちゃくちゃ覚えてるのに 自分の言ったことはほとんど覚えてないんですよねー。 困ったもんだ。 まあそんな話はともかく、今からザックリと2009年に 書いた記事を振り返っていきますので、正月ボケ解消がてら 読んでみて下さいませ。   まずはコレ。 ネイティブデジタリアンの動向と現状 この記事では援助交際する男子高校生をテーマに、 ネイティブデジタリアンの現状について僕なりの 見解を語りました。 ネイティブデジタリアンとは、デジタル世代とほぼ同義で、 要はデジタルの世界ですべて(経験)を済ませてしまえる そういった世代のことを指します。 彼らが生まれてきた背景については僕の勉強不足で 詳しく説明することはできないんですが、 1つ言えるのはこのブログで散々口すっぱく言っている 【相対主義】 が大きく関係している、ってことです。 そこで、こんな話を持ち出しました。 歴史的地平で読み解く相対主義 ここでは相対主義の「触り」というか現状というか そんな感じのことを書きました。 キレる子供が増えたり、子供に無関心な親が増えたり、 そういった現象の原因は相対主義という視点から 大よそのことは説明できますよ、と。 そしてその相対主義という視点を得るために 歴史的地平を持って下さいね、と。 そんなワケで、その導入として以下のような話を 持ち出したワケです。 民主主義国家の末路 「歴史は繰り返す」 「過去は未来を語る」 その辺をこの記事では書きました。 相対主義は民主主義が妄信されたときにそっと顔を出して 近づいてくる。 そうプラトンは警告を発していました。 にも関わらず、僕らは過去と同じ過ちを犯し、 今や世界は平等と自由を愛する野蛮人の温床と 化してしまった。 じゃあ僕らにもう為すすべはないのか、というと 僕はそんなことはないと考えていたワケです。 そのヒントとして僕が挙げたのがエーリッヒ・フロムが 「自由からの逃走」の中で定義している 【理性的権威】 という概念。 理性的権威とは、「カリスマ性」とか「ブランド」 みたいなものです。 これを上手く使えば、自由と平等を保ちつつも 野蛮人を正常な人間に戻すことが出来るのではないか、と。 僕はそう考えました。 そこで登場するのがヒーローです。 理性的権威とヒーロー ヒーローとは、理性的権威を兼ね備え、尚且つ自身の持つ 「善」をコミュニティを巻き込んで発信してける存在を指します。 要は、めちゃくちゃ賢くて優しくて周りから 尊敬されまくってるのに全然偉そうじゃなくて、 言ってることが全部正しいことに聞こえるから その人の言う事なら何でも従いたくなっちゃう、 そんな存在のことです。 間違っても僕のことではありません(当たり前)。 そのヒーローを量産できれば世界はパラダイスだよねー、 だってみんながヒーローだったらお互いに尊敬し合えるし、 尊敬し合えるってことは誰の言うことも自分の望むこととして 行動することができるんだから、というのが僕の意見でした。 そしてその意見を補足するために書いたのがこの記事。 「われわれ」は一体何者なのか この記事では「不安」という側面から僕らの日常をえぐり出し、 ニーチェとオルテガの言葉を借りてヒーローの必要性を 説きました。 この辺から表面的には少しずつヒーローの話から離れていきます。 (本当は全然離れてないんですけど) んでもって更に「不安」という側面を補足するために 書いたのがこの記事。 不安から思索へ ここでは不安が僕らの生活にどれだけ強く影響し、 必要不可欠であるのか、ということを書きました。 不安を邪魔者扱いしててもいいのか? 不安は人間に必要なんじゃないのか? 不安を抹消しちゃったら僕らの思考は停止しちゃうってことに まだ気付いてないのか?と。 そんな話でしたね。 ヒーローの話と全然関係ないように見えるかもしれませんが、 そう見えているうちは読み返しておいた方がいいと思います。 ここまでの話が結構抽象度高かったので、今度はできるだけ 具体的な話をするためにこんな記事を書きました。 必要性の形而上学 ~なぜ人は時間を無駄にするのか~ この記事は一言で言えば 「目標と目的を持って行動しましょう」 ってことをひたすら手を変え品を変え言ってるだけです。 別になんら難しい話はしていない(と思う)。 記事の中には書いてないと思いますが、 結局ヒーローの出発点はここなんですね。 目的や目標のない奴には筋の通った行動はできないし、 筋の通った行動ができなければ結果も信頼も得られない。 つまり、ヒーローの「ヒ」の字にも達することができない、 ってことです。 ここを無視しては先に進めませんから、もし何か思い悩むことが あるならこの記事と次の記事を読み込んで下さい。 目標(やりたいことを)を見つける方法 これはもう説明する必要はないですね。 やるかやらないか。 それだけの話です。   そして最後がこれ。 常識の崩壊 ここで取り敢えず相対主義の話を一通りまとめました。 まとめということもあって、多分今までで最も 抽象度の高い文章になっているかと思います。 出来るだけ分かるように書いているつもりですが、 「常識」とか「文化」とかやっぱりそういうビッグワードを 使わざるを得ない。 なので、分からなくても頑張って読んで下さい(笑) めちゃくちゃ大事なこと言ってますから。   んでもって、オマケ的に書いた記事がコレ。 アナタがいるから私がいる これはまた今までとは全然違うミードの視点を借りて 相対主義を語っています。 相対主義では他者との関係性が保たれていないから どんどんみんな自分が見えなくなってしまうんだ、と。 「人間」から「間」が抜け落ちて、ただの「人」に なってしまっているんだ、と。 そういう話です。 ここまで書いたところで、今度はヒーローの必要性を ビジネスに結びつけました。 ヒーローとビジネスの関係 この辺についてはまだ全然詳しく書いていないので 腑に落ちない部分がかなりあるかと思いますが、 今はあんまり気にせずアップされる記事を読み続けて もらえればと思います。 そのうち何かが見えてくるはずなんで。 ちなみに、今ビジネスに全く興味がないとしても 「なぜビジネスが必要なのか」 「ビジネスとは何なのか」 が分かってしまえば、ヒーローとビジネスの繋がりや ヒーローとビジネスは切り離せないということが 理解できると思います。 乞うご期待(笑) ここまでで取り敢えず相対主義やヒーローの話は終了。 続いては、また別の側面から僕の伝えたいことを 書いていくことになります。   というワケで最初はコレ。 勉強とは何か これは僕なりの【勉強】について述べた記事です。 「人生死ぬまで勉強とか気軽に言ってんじゃねーよ」 みたいな偉そうなこと書いてます。 他の記事とは何の関係もないように見えるこの記事も 実はいろんな記事と関連しています。 その辺に気付くかどうかがセンスの分かれ目です(笑)   続いてはTwitterについて。 Twitter的人間退化論 この記事は2009年に書いた記事の中では もっとも仲間外れ的な位置に配置されるかと思います。 内容はコミュニケーションという視点からTwitterの 悪影響について語ったものです。 かなり偏った見方であることは言うまでもないと思いますが、 ネット時代を生きる人ならば読んどいて損はないかな、と。 半分ぐらいは僕の戯言なので、時間がもったいないという場合は この記事に限り、読み飛ばしても問題ありません。 この辺からコミュニケーションの話題が中心になります。   コミュニケーションの3つの論理 この記事はあんまり世間ではメジャーではない視点から コミュニケーションの構造を解説しました。 もちろんコミュニケーションがこれだけで説明できるとは思いませんが、 1つの視点として知っておくことは大切だと思います。 そんでもってこの論理をより分かりやすく解説したのが以下の2つ。 恋愛におけるコミュニケーションの論理 ネットにおけるコミュニケーションの論理 何かの参考にして下さい(笑)   そして以前の記事とは別の【不安】について語ったのがコレ。 なぜ継続は難しいのか 前に【不安】を解説したときは【思索】という視点から 解説しましたが、今回は【継続】という視点で新たに 解説し直しました。 これを更に深めると以下みたいな内容になります。 世界に、自分に、敏感になるために ※ 他にもベーシックインカム関連の記事とか書きましたが あれらは日記みたいなもんなんで主要記事には含まない ことにします。 さてさて。 何か新しい発見はあったでしょうか? 僕は私事ながら「やっぱり全部繋がってるなー」というのが 再確認できました。 意図的に繋げようとしてないにも関わらず、全部の記事が いろんな要素で繋がっている。 これは【帰納・演繹・関連付け】の3つの能力が関係して 起こっている現象なんですが、また機会があればこの辺も 詳しく解説しようかと思います。 お楽しみに。 なんだかんだ小難しい話も色々してきましたが、 今年もよろしくお付き合い頂ければ嬉しいです(笑) 去年同様、絶対に損はさせませんから。 一緒に今までで一番楽しい1年にしましょうね!! ではではー。   ...more»
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