ども、ペスです。

性懲りもなく、この時期に∀ガンダムなんかを見てしまいました。

∀ガンダムというと、一般には髭ガンダムと称され、ビジュアル的にはあまり
人気のないガンダムなのですが、その反面、内容は核兵器問題や民族主義問題、
エルサレム問題などの要素をつめ込んだ複雑で凝った作りになっており、
ユニコーンガンダムと並んで一目置かれる作品となっています。

また内容もさることながら、各キャラそれぞれの信念と偏見(思い込み)が織りなす
非合理的な結果が生々しく、いかにも今の自分たちを見ているようでした。

 

この作品が主に表現しているのは、人間の愚かさ、特に想像力の無さです。

各キャラが信念を持ち、それを貫くために“勝手な”行動を起こすことで物語は
悪い方へ悪い方へと進んでいきます。

冷静に話し合おうとしている自分たちの代表者をさしおいて、

「俺の妻はこいつに殺されたんだ!」

と暴走して“勝手に”銃で相手勢力の代表者を殺してしまう町の役人。

この時点でちゃんと話し合えていれば、被害者は最小で済んだはずなのに、
たった1人がこういう“勝手な”行動をすることによって全体の信用を失い、
その結果としてもっと大きな被害がお互いに生まれることになってしまうワケです。

こういう場面を見ると、見ている側としては「なんでそんなことするんだ!」とか
「こいつがこんなことさえしなければ・・・」とイライラしてしまうワケですが、
これがわれわれのような普通の人間です。

自分の妻を殺した相手勢力の代表者なら、殺したくならない方がおかしい。

妻を殺した直接の原因は軍による爆撃でも、その軍の指揮をとっていたのは相手国の
代表者に違いないんですから。

にもかかわらず、そのキャラに共感するどころかイライラしてしまうというのは、
それだけわれわれの想像力が働いていないということです。

そのキャラについて深い描写を事前に見せられていれば同情の余地もあるのでしょうが、
そうやって予めそのキャラのことを知ってないと、われわれはそのキャラに思いを
巡らせようともしません。

ましてや一話限り、数十秒しか登場しないようなキャラのことなど考えもしないワケです。

突然出てきて、勝手に相手勢力の代表者を殺して終わり。

このたった一場面だけを見て、われわれはそのキャラにイライラするのです。

 

こういったことはわれわれの日常にも溢れています。

単純な話、マナーの悪さにイラッとするのも想像力の無さが原因です。

例えば僕はタバコを道端に捨てる人を見る度にイラッとするのですが、それはその人の
「タバコを道端に捨てる」という場面しか見ておらず、その人の他の面を何も想像しない
からイラッとしてしまうワケです。

いや、もちろん知り合いであってもイラッとすることには違いないんですけど、
その場合と上記の場合とは意味が違ってきます。

正直、知らない他人のそういう行動を見た時は、後ろからドロップキックを
くらわせたくなります。

「いい歳こいて、何しとんじゃワレ!」とは言いませんが、それぐらいの勢いです。

実際に蹴飛ばしたことはありませんが、かなり感情的に反応してしまうことには
違いありません。

けれども、それが友達や知り合いとなるとそこまではいかず、注意することもあれば
「可哀そうだな(・・・いい人なのに)」と思うだけのときもあります。

「可哀そうだな」というのは、家や学校で躾をしっかり受けなかったんだな、と思って
しまうということです。

つまり、その人の背後にある家や学校という可能性を想像することによって、
単なる感情的なイライラから、冷静でより総合的な判断が下せるワケです。

相手がどういう人間かを知っているからこそ、人間がどういう生き物かを知っている
からこそ、その欠点もある程度許容できる。

それが寛容さの1つの原理なのです。

 

ここから分かるのは、われわれが(自然と)想像力を働かせるためには相手に関する
一定以上の知識が必要だということです。

特に相手の長所や生い立ちを知っているほど、それは働きやすくなります。

例えば村にウソばかりついて周りに迷惑をかけている狼少年がいたとしても、
その少年の長所や生い立ちを知っていれば、

「あの子がウソをついているのは、過去に両親が殺されたことを全部ウソにして
しまいたいと思ってるからじゃないか」

ぐらいのことは考えられると思うんです。

少なくとも「あの子を村から追い出せ」とか「殺してしまえ」みたいなことには
ならない。

だってその子には何も罪はないんだから。

そういう感情的で短絡的な答えを人間が出してしまうのは、想像力の欠如が原因であり、
何より相手のことを何も知らないことがその欠如を招いているのです。

ただウソをつきまくる少年と、両親を失ったことでウソばかり言うようになって
しまった少年では、印象も共感もまるで違います。

どちらもやっていることは同じなのにもかかわらず、です。

それぐらい、相手に関する知識の有無がわれわれに大きな影響を与えているということ
です。

たまに中国にある日本メーカーの支店がデモの暴動で被害にあったりしますが、
あの暴動を起こしている人たちは日本が毎年どれぐらい中国に資金援助(ODN)
しているかを知りません。

※日本が最も多く資金を援助しているのは中国です。

また、その日本のメーカーが中国に出店していることによって、どれだけ中国に雇用や
利益が生まれているかも知らないワケです。

だから、ただただ感情にまかせて暴れまくるしか能の無いようなことになってしまう。

彼らは彼らなりに愛国心を表現しているのでしょうが、自国を侮辱したことに
腹を立ててとったその行動が、結果として、自国を一番苦しめているのです。

これはわれわれも同じです。

愛国心から「尖閣諸島を守れ!尖閣諸島は日本の領土だ!」と叫んでいる人ほど、
実は日本の首を絞めていたりするワケですが、このことに気付いている人はほとんど
いません。

あそこは色々な事情があって“まだ”そう言ってはならないところなのです。

詳しい事情については日中関係について調べてもらえれば分かると思いますが、
とにかく、日本人もそういう愚かなことをしているということです。

 

∀ガンダムの中でも、現実世界でも、人間の愚かさはすべて無知から生まれています。

退け合い、憎しみ合い、奪い合い、そして殺し合う。

こういった野蛮な歴史はわれわれが無知である故に積み重ねられるのです。

ここで言いたいのは、相手を、人間を、知ってほしいということです。

どんな人間であれ、背後にはその人が生きた分だけ情報が詰まっています。

その情報の中には良い情報もあれば悪い情報もあるでしょう。

ただ、そこには良い情報も悪い情報も必ず両方が入っています。

その「必ず両方が入っている」という知識に関しては普遍的かつ確実なのですから、
まずはその知識を原動力にして想像力を働かせてほしいのです。

これが、言うは易し、であることは言うまでもありません。

しかし、これは“言うだけ”で効果があります。

何かあった時に、これを言える、もしくは考えるだけの冷静さがあれば、それで十分
なのです。

 

ソクラテスではありませんが、無知の知こそが人間を愚かさから解放してくれるのだと
思います。