僕が考えるに、われわれが教養へ至るためには5つの段階を
踏まえていく必要があります。

その5つとは

1.無知(知らない)
2.知識(知っている)
3.理解(分かっている)
4.知恵(使える)
5.教養(にじみ出る)

です。

 

1.無知

何も知らない段階です。

今この文章を読んでいる時点で完全に無知ということは
あり得ませんが、特定のジャンルや分野に無知だったり、
特定の人に対して無知だったりすることは普通にあります。

自分が無知であることに対して無知であることもありますよね。

いずれにしても、この段階の領域を極力減らすこと、
もう少し突っ込んで言うと、何に対しても無知であることを
恥や不快だと思うことが教養への第一歩です。

知らないってのは恥ずかしいことなんですよ、人として。

それは自分の専門は当然として、専門外に関しても同じです。

加えて、知らないことは恥である以上に危ないことである
という自覚も持っておいてください。

ボストン美術館の収蔵品なんかを見ると分かると思いますが、
芸術の価値を分かっていない無知な人たちが、ああやって
貴重な日本の文化遺産を海外に売り渡してしまったワケです。

最近だと慰安婦問題の件とか、あれも結構ヤバイですよね。

安倍総理が知ってやってるのか知らずにやってるのかは
分かりませんが、あの件はメディアで騒がれているほど
素晴らしいことではありません。

こういう過ちを犯さないためにも、そして教養へ至るためにも、
日々自分の無知を減らすように努めましょう。

 

2.知識

知っている段階です。

1192年に鎌倉幕府ができたのは知っているけど、
なぜ・どのように鎌倉幕府が作られたのかは分からない。

そんな感じですね。

別の言い方をすると、インプットと解釈で終わっているのが
この段階です。

これにアウトプット(説明する・教える)が加わわれば
理解に変わります。

知らないのも恥ですが、理解しておくべきことを理解して
いないのも恥だと思ってください。

何が理解しておくべきことなのかは、あなたが持っている
人として基準によります。

この基準が低い人ほど恥を恥だと感じない(自尊心が低い)
傾向があるので、気を付けておきましょう。

 

3.理解

知っていることを教えられる段階です。

理想的には、ここを最低ラインにしておきいたいところです。

当然すべてを理解するなんてことは現実には不可能ですから、
あくまで「理想」です。

何かを知ったあとに、そのことを誰かに教えられれば、
それは理解できていると言っていいと思います。

逆に言うと、説明する・教えるという行動を起こさなければ、
この段階へは「絶対に」至れないということです。

ほとんどの人が行動を起こさないことからも分かるように、
一般的にはこの段階で十分に「教養人」と見なされます。

大学の教授なんかは、大体この段階じゃないでしょうか。

それが良いか悪いかはともかく、理解の段階とは
そういうものだと思っておいてください。

 

4.知恵

理解していることを役立てられる段階です。

世間一般の成功している人たちは、大体この段階だと
思います。

一応言っておきますが、別に彼らを軽蔑しているワケでは
ないですからね。

単に僕がそう分析しているだけですので、価値判断は棚に
上げておいてください。

役立てられるとは、自分や他者に貢献できることであり、
この段階から自分の価値(相応しさ)が跳ね上がります。

その意味で、この段階は努力が報われる段階と言っても
いいでしょう。

ここまで至れれば普通は十分だと思います。

 

5.教養

その人の言動の1つ1つが本人の意思とは無関係に、
周りの役に立ってしまう段階です。

知恵が人格化されたもの、と言えば伝わるでしょうか。

言葉で表現するのが非常に難しい段階ですが、
そういう人たちが世の中にはいます。

教養の手前の段階に知恵があることからも分かるように、
誰の役にも立たない哲学や芸術、政治、経済などの知識は
僕の言う意味での教養ではありません。

教養という言葉は文脈によって「芸術の知識があること」を
意味したりすることもありますが、それはせいぜい理解の
段階です。

ここで言っているのはそういう意味での教養ではなくて、
もっと本来的な意味、貴族的な意味での教養ですので、
その点は誤解のないように。

 

以上の5つ

1.無知(知らない)
2.知識(知っている)
3.理解(分かっている)
4.知恵(使える)
5.教養(にじみ出る)

が教養へ至るための5段階になります。

この段階を1つ1つ踏まえていくことが、われわれが成功、
すなわち教養へ至るためのステップです。

そのために何をどうすべきなのかは、これから追々話して
いきます(今までもずっと話してますけどね)。

ここで分かっておいてほしいのは、1つの教養や知恵を
極めたぐらいで満足するな、ってことです。

何であれ、長い間やっていれば自分の専門分野で
教養の段階へ至ることは可能ですが、それは師匠の言葉を
借りるなら

「バカの1つ覚え」

にすぎません。

20年や30年も同じことを続ければ「誰だって」
そうなるのであって、別に凄いことではないということです。

そうではなく、われわれは「あなたは何をやっている
人なんですか?」と聞かれるぐらい、いろんなことを
知っていて、理解していて、使える人でないといけない。

音響の仕事「を」していますとか、英語「を」教えています
とかではなくて、音響の仕事「も」しているし、英語「も」
教えています、じゃないといけないワケです。

音響の仕事をしていますというのは、逆に表現すると
音響の仕事しかできません、音響のことしか知りません、
ということですからね。

 

リーダーとして、一人の人間として相応しくあることに
終わりはありません。

常に今の自分を恥じ、絶望し、それを乗り越えていくこと、
それこそが人格としての教養なのです。

相変わらず苦しい道ですが(笑)がんばっていきましょう。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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