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教養を身につける意味 ~4つのベネフィット~
  なんのために教養が必要なのか。 教養が身につくと何がどう良くなるのか。 この問いについて、これまで僕は考えようとしたことがなく、 考えなければならないという自覚もありませんでした。 僕の中での教養は、ただただ身につけることが楽しいから 身につけるべきものであって、それ以上でもそれ以下でも なかったのですが、つい先日ある方から 「果たしてそうかなぁ?」的なアドバイスをいただいて、 僕をせき止めていた見えない壁をまた1つ見つけることが できました。 言われてみれば当たり前なのですが、本当に楽しいだけで 教養を身につけていたなら、こうしてあなたに メルマガを読んでもらうこともできなかっただろうし、 あなたの役にも立たなかっただろうし、ビジネスにも ならなかったはずです。 僕が今なんとかかんとか生かしていただけるのは、 僕の身につけた教養なるものが、何かしらのベネフィットを あなたに提供しているからに他なりません。 だとすれば、それは何なのか。 それを知ることによって、あなたがメルマガを読む意味 (僕にとってはメルマガを書く意味)がより明確に 見えるようになり、これからこのメルマガが目指すべき方向も 定まってくるのではないかと思い、教養についてあらためて 「具体的に」考えることにしました。   それにあたって最初に明確にしておきたいのが教養の定義です。 ウィキペディアによると、教養とは「個人の人格に結びついた 知識や行いのこと」ということになっています。 これは非常によくまとまった定義だと思います。 ポイントは、個人の人格と結びついた、というところです。 単なる物知りと教養のある人は何が違うのかというと、 前者は知識と自分が乖離している、つまりその知識を持つのに 相応しくない在り方・生き方をしているのに対して、後者は その知識を持つのに相応しい在り方・生き方をしている点に あります。 どれだけ世界史や日本史に詳しくても、その知識に基づいた 何らかの行動や態度、感情、生き様が伴っていなければ、 それは教養とは言えません。 その知識や経験を通して、いかに生きるのか。 知識や経験をいかに自分の表現へと至らしめるか。 それが教養の有無の重要な点だと言えるでしょう。   僕の考える教養のベネフィットは大きく分けて4つあります。 1.人や物事の良し悪しを判断できる 2.高い確率で未来が予測できる 3.周りから一目置かれる意見が言える 4.質の高いコンテンツを生み出せる これでも僕としては頑張った方なんですが(笑)、まだ一般的には 抽象的でぼんやりしている部類に入ると思うので、ここからさらに 具体化していきます。   1.人や物事の良し悪しを判断できる ・何が自分に合ったダイエットなのかが分かり、無理なく挫折なく 楽しく痩せられる ・自分の体に合った食品が分かり、無駄に高い健康食品 (ココナッツオイルなど)を買わなくて済む ・どの学習法が自分に向いているかが分かることで 学習効率が上がり、他人と同じ時間で何倍もの結果が得られる ・学習したことを適切にアウトプットできれば他者から感謝され、 ビジネスに繋げることができる ・おまけに学習効率は教養が高まれば高まるほど上がっていく ・どの医者が優秀なのかを見分けられることで、 無駄な治療費と通院時間を減らせると同時に、優秀な医者を 紹介することで周りから感謝される ・企業の良し悪しが分かることで、ブラック企業や 未来のない企業を選ばずに済む ・自分の判断を信じられるので、周りの批判や視線、常識などが 気にならなくなる ・自分の判断と他者の判断は違って当たり前だということが 理解できるので、自分と違う価値観や意見に対して寛容になれる ・これによって人間関係も改善される ・人の良し悪しが判断できることで、付き合うべき人、 つまり自分を高めてくれる仲間や自分を幸せにしてくれる恋人を 選べるようになる ・総じてストレスが減り、毎日が成長に繋がり、自分らしさも 浮き彫りになってくる   2.高い確率で未来が予測できる ・今何をやっておけば将来優位に立てるかが分かる ・自分の子供をどの学校に入れれば将来が明るいかが分かる ・どの会社、どの業界に就職すれば比較的将来が安泰かが分かる ・どの国に行けば楽しく生きられるのかが分かる ・どの人についていけば間違いないのかが分かる ・総じて今すべき努力、何をすれば将来報われるのかが分かる   3.周りから一目置かれる意見が言える ・尻込みせずに堂々と外国人と会話ができる ・人間力の高い魅力的な人を引き寄せられる ・人を感動させたりドキッとさせる発言ができる ・自分を必要としてくれる仲間が集まる ・仲間が集まることで自分は自然とリーダーになる ・実力のある人からブレインとして雇われる ・後輩、部下、子供、恋人、パートナーから尊敬される ・会社から重宝され「やめないでくれ」と言われる ・総じて生きている実感、充実感、存在意義が感じられる   4.質の高いコンテンツを生み出せる ・他の人には絶対に真似できないブログ、メルマガ、動画、音声、 セミナー、商品などが作れる ・何気ない会話でも「凄く勉強になりました!」と言って 喜んでもらうことができる   以上の4つ 1.人や物事の良し悪しを判断できる 2.高い確率で未来を予測できる 3.周りから一目置かれる意見が言える 4.質の高いコンテンツを生み出せる が教養を身につける主なベネフィットです。 多分まだまだ細かく出そうと思えば無限に出てくると思うんですが、 改めて書き出してみて、驚くほどのベネフィットだな、と個人的に 感じております(笑) これを読んだだけでも、教養を身につけないなんてあり得ない、 って感じですよね。 もちろんこれらには「度合い」があって、単純に教養があれば これら全部が手に入って、無ければ手に入らない、 みたいなものではないですが、身につければ身につけるほど、 今挙げたものが手に入りやすくなっていくのは間違いありません。 こんなにベネフィットがあるのに今まで気付かなかったというのは、 本当にもったいないことをしていたなー、と思います。 例えば先日の『What's Real』というのは、この全部を 手に入れられるようになりましょう、というある意味で 超欲張りな企画なワケです。 にもかかわらず、僕がそのことを自覚していなかったばかりに、 「現実を見られるようになりましょう」みたいな極端に 抽象的なことしか言えなかった。 それでも申し込んでくれた人はいましたが、そういう人たちは 本当に変人中の変人であって、普通の人は多分上記ぐらい 具体的なことを言わないとピンとこないんですよね。 そんなの当たり前じゃん、って思う人が大多数だと思いますが、 僕にとっては当たり前じゃなかったんです。 だって僕は「存在と時間」みたいなタイトルにヨダレを垂らして しまうような人間ですから(苦笑) むしろ上記のような言葉が並んでいるのを見たら、それだけで 「しょーもない」という判断をして避けるぐらいです。 自分がいかに一般的な感覚から乖離した人間であるかが、 これでよーく分かりました。   そう言えば占い師さんにも言われたんですよね。 「みんなはあなたみたいにはなれないんですよ」って。 加えてこういうことも言われました。 「他者とは分かり合えないけど、手をつなぐことはできる」 これですよ、これ。 当初はこの意味がイマイチ飲み込めていなかったですが、 今はよく分かります。 手をつなぐためには、僕は階段を下りなければならないし、 あなたには階段を上がってもらわないといけません。 僕が上の階からロープをたらしても、ロープで上に上がれる つわものなんて、限られているワケです。 これまでの僕はまさしくこの「ロープをたらす」タイプのことを たくさんやっていたワケですが、それではあまりにも 脱落する人が多いし、何より、助けられるはずの人を見殺しに してしまうことになります。 そのことにやっと、今更、気付いたということです(苦笑)   これを踏まえて、来年はもっと階段を下りようと思います。 これは決してレベルを下げるということではありません。 単に抽象度が下がるだけです。 先日のハイエクとケインズの記事のように、重要なエッセンスは 残しつつ、もっと遊びの部分というか、楽しめる部分を加えて いけたらなー、と。 そんな感じで考えています。 全部が全部、あんなラノベ調にするつもりはないですけど、 やっぱ楽しまなきゃね。 来年はどんな展開になるかなー。 今から楽しみです。 ではでは、一応これを今年最後のメルマガということにして おきます。 来年もまた頑張ってまいりましょう。 それではよいお年を!   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 メルマガは僕の気まぐれで転載したりしなかったり、まちまちです。 今後配信される記事を確実に読みたい場合は、 下のボタンをクリックしてメルマガに登録しておいてください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが届くように なっています。 メルマガ登録はこちらをクリック   ...more»
サザンオールスターズ「栄光の男」の歌詞の意味
ども、杉野です。 「栄光の男」の歌詞全文を個人的に解釈してみたので、参考までにブログにアップしておきます(あくまでも参考までに)。 まず全体の概要を述べておくと、この曲は 1.時代の現状 2.今すべきこと 3.今すべきでないこと の3つについて歌っています。 「昔はAで、あの頃はBと言ってたけど、今はCという状況」 「だから今はDなんてやってないで、Eをやろうぜ」 ザックリした内容としては、こんな感じです。 詩的な構造が巧みなため、サラッと読んだだけでは分かり難いですが、100回ぐらい読むと、じんわりと意味が心に染み込んできます。   ■1番のメロ ハンカチを振り振り あの人がさるのを 立ち食いそば屋の テレビが映してた しらけた人生で 生まれて初めて 割り箸を持つ手が震えてた 「永遠に不滅」と 彼は叫んだけど 信じたモノはみな メッキが剥がれてく   主にメロが「昔はAで、あの頃はBと言ってたけど、今はCという状況」の部分です。 説明するまでもないと思いますが、ここでの長嶋さんは単なる間接的なメタファーでしかありません。 確かに「永遠に不滅(です)」と叫んだのは彼ですが、サザンは時代のシンボルとして彼の宣言を取り上げているに過ぎない、ということです。 実際、あの時代は政治家も科学者も社会常識も、彼と同じようなことを言っていました。 政治家は「年金制度があるから老後は絶対に安心です」と言い、科学者は「これからは科学が進歩して、今よりもっといい生活できる」と言い、社会常識は「とにかくいい大学を出て、とにかく大企業に入って、とにかく嫌なことがあっても懸命に働けば、年功序列に従って徐々に生活はよくなる」と言っていたワケです。 しかし、蓋をあけてみれば、それらは一時的な体裁を保ったいたメッキであって、決して永遠に不滅と言えるようなものではありませんでした。 あの頃は「割り箸を持つ手が震え」るほどに感動し、興奮し、希望に満ちたけど、それはメッキに踊らされていただけなのです。   ■1番のサビ I will never cry この世に 何を求めて生きている 叶わない夢など 追いかけるほど野暮じゃない 悲しくて泣いたら 幸せが逃げていっちまう ひとり寂しい夜 涙こらえてネンネしな   サビの部分で「だから今はDなんてやってないで、Eをやろうぜ」が語られます。 前も書きましたが、「叶わない夢」というのは、政治家や科学者や社会常識があの頃に言ったことを指しています。 年功序列や終身雇用は当然として、より抽象的には安定や安心、明るい未来や継続的な経済成長(バブルは終わらない)などです。 そんなものを求めて生きるのは、もはや完全に時代遅れ。恐らくそれを悟ったのでしょう。この歌の主人公は「I will never cry」と言い切ります。 そして、もうそんなメッキに付き合うほど「野暮じゃない」と言うワケです。 最後の2行では、1行目で今すべきでないこと、次の行で今すべきことが語られます。 今すべきでないことは、悲しくて泣くこと、つまり 感情的になること です。 メッキが剥がれたからといって、感情的になっては幸せは逃げていくばかりで、何もいいことなんてありません。 だから今は、何も信じられるものがなくても「涙こらえてネンネ」すべきなのです。 まずは冷静になって、体や頭をゆっくり休ませるべきなのです。   ■2番のメロ ビルは天にそびえ 線路は地下をめぐり 現代(今)この時代(とき)こそ 「未来」と呼ぶのだろう 季節の流れに 俺は立ちくらみ 浮かれたあの頃を思い出す もう一度あの日に 帰りたいあの娘(こ)の 若葉が萌えている いろづいた水辺よ   ここでは現状を冷静に捉えた主人公が、それにもかかわらず過去への執着にとらわれます。 今すべきことは分かったはずなのに、それでもやっぱり人間というのは厳しい現実を目の前にすると、あの頃はよかったと思ってしまう。 そういう弱い生き物なのです。 未だにバブルのことが忘れられず、バブルの頃を基準にして物事を語る人がいかに多いことか。 誰かさんは「日本を取り戻す」と必死に叫んでいましたが、あーゆーのがいい例だと思います。 過去を既に終わったものとして踏み台にするのではなく、目指すものとしてずっとしがみつく。 そんな後ろ向きな思考で、政治が上手くいくはずがありません。 「あの娘の若葉が萌えている色づいた水辺」とは、帰るところではなく、振り切って乗り越えるべきところなのです。   ■2番のサビ 生まれ変わってみても 栄光の男にゃなれない 鬼が行き交う世間 渡り切るのが精一杯 老いてゆく肉体(からだ)は 愛も知らずに満足かい? 喜びを誰かと 分かち合うのが人生さ   ここでまた主人公は少し冷静さを取り戻します。 過去がどれだけ良い時代だったとしても、自分は自分でしかないんだから、結局そこでも栄光の男になんてなれやしない。 そんなのは今の自分を見れば明らかじゃないか。バブルだろうが何だろうが、現実はいつでも厳しい。 どんな時代であれ、俺には生きていくのが精一杯なんだよ。 これが彼の心の声です。そして彼は自分に語りかけます。 今のままでいいのか。一人寂しい夜に涙をこらえてネンネするだけで何か解決するのか。そんなはずはない。 栄光の男にはなれないかもしれないけど、誰かを愛したり、喜びを分かち合ったり、それだって楽しい人生じゃないか。 だったら俺だって・・・。   ■3番のメロ 優しさをありがとう キミに惚れちゃったよ 立場があるから 口に出せないけど 居酒屋の小部屋で 酔ったフリしてさ 足が触れたのは故意(わざ)とだよ 満月が都会の ビルの谷間から 「このオッチョコチョイ」と 俺を睨んでいた   ここで主人公は不器用ながらも自分の人生を変えるために(愛を知るために)行動を起こします。 立場的に露骨なことはできないけれども、惚れた女性に酔ったフリして近づき、さり気なく(?)スキンシップ。 「立場なんて気にせずにアタックしなよ、このオッチョコチョイ!」 これは満月を通して彼に伝えられた、彼自身の後悔なのです。   ■3番のサビ I will never cry この世は 弱い者には冷たいね 終わりなき旅路よ 明日天気にしておくれ 恋人に出逢えたら 陽の当たる場所へ連れ出そう 命預けるように 可愛いあの娘とネンネしな   もう一度、彼は誓います。 「I will never cry」 それでも強くなりきれない彼は、ちょっぴり弱気に「明日天気にしておくれ」と神頼み。 抜群のリアリティと人間臭さです。われわれは、日々こういう矛盾と戦って生きています。 自分で決めたことすら、自分で達成できない。それが人間なのです。 でも、そこでキッパリ諦めるかというと、そうでもない。 方向は変わるかもしれないけれども、どこかでまた前に進もうとします。 人間らしさとは、こういうものなんじゃないでしょうか。 次に出てくる「恋人」というのは、恐らくメタファーです。 恋人のように好きになれる人や気の合う人に出会えたら、というのが実際の意味だと思います。 この曲はどう見ても恋愛ソングじゃないですからね。対象を恋人に限定する必然性は特にありません。 だとすると「陽の当たる場所」は、理想を叶えられる場所です。 あなたが仲の良い家族や友達や仲間を連れて行きたいと思うところはどこですか? それはあなたが素晴らしいと思うところ、あなたやあなたの大切な人が楽しくなるところではないでしょうか? われわれが遊園地や映画館、美術館や登山に大切な人を連れ出すのは、それによって自分たちが楽しめると思うからです。 楽しくなることが目的であり、理想だからです。 ということは、大切な人を連れ出すべきは、理想を叶えられる場所と考えるのが妥当でしょう。 そして最後の一行。 「命預けるように可愛いあの娘とネンネしな」 これはもう説明するまでもないですね。 大切な人と一緒に過ごすなら(これからは)命賭けろよ、ってことです。 逆に言った方がいいかな。 命を賭けなければ、(これからの時代は)大切な人と一緒に過ごすことができない。 そういうことです。 この言葉は心に刻んでおきましょう。   ■まとめ 僕の解釈は以上です。 この曲から学べることは、まだまだたくさんあると思います。 僕の解釈を鵜呑みにすることなく、あなた自身でじっくり歌詞に向き合ってください。 分からないことを恐れず、苦痛に感じることなく、分からないことを楽しんでください。 なぜサザンオールスターズ(桑田さん)は、わざわざこんなに分かり難い詞を書いたのか? その問いの答えは、そこにあります。 彼ら(彼?)は、ただイタズラに難しい詞を書いたんじゃないと思いますよ。 サザンが好きなら、そういう部分も理解してあげましょう。 ありがとうございました。     ...more»
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