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なぜわれわれには人権があるのか(メルマガ3年目突入キャンペーン)
ども、ペスです。 われわれにとって今や当たり前となった人権。 この権利がどこから生まれ、何によって担保されているのかを知っている人はあまり いないと思います。 通常われわれはこの権利を「人間である」という、ただそれだけの理由で享受している ワケですが、それが当たり前のこととなったのは実はかなり最近になってからです。 つい200年ほど前まで、人権は一部の特権階級だけが持つことを許された特別な 権利でした。 奴隷は当然として、平民や女性にもその権利はなく、彼らの人生は彼ら以外の「特別な 人間」の判断によって左右されていました。 けれども当時の平民たちは、そのことに不満を覚えるどころか、それを常識として 受け止め、特権階級の人間に感謝すらしていたのです。 しかしある時から、その常識は変わり始めます。 啓蒙思想家と呼ばれる人たちが人々の理性の力を解放しはじめたのです。   さて、ここで1つ質問です。 時代の表面に自然現象のごとく現れた啓蒙思想家たち。 彼ら自身はいかにして啓蒙思想に至ったのでしょうか。 彼らとて普通の人間なのですから、急に啓蒙思想が空から降ってきた、ということは 有り得ません。 彼らも何らかの影響を受けて啓蒙思想に至ったはずである、と考えるのがこの場合は 合理的ではないかと思います。 だとしたら一体何の影響を受けて・・・? ここは重要なポイントなので覚えておいて下さい。   啓蒙思想が進んだ結果、個人主義・自由主義という発想が生まれ、平民たちは徐々に 人権を手に入れていきました。 その過程では貴族からの反発もありましたが、一度変わってしまった人々の常識を 元に戻すのは、そう容易ではありません。 ましてや平民の支持を得られなければ、貴族はまともに収入も確保できないですから、 無暗に平民を抑えつけるワケにもいかず、少しずつ平民の権利的要求に譲歩せざるを えなかったのです。   さて、ここでも1つ質問です。 啓蒙思想はいかにして個人主義・自由主義という発想に至ったのでしょうか。 これについては少しだけ以前ブログの記事に書いたことがあります。 そこでは僕は「同じ理性を持っているならば同じ人間であり、同じ人間ならば権利は 平等であるべきだ」といった流れで啓蒙思想は個人主義・自由主義に至ったと書いて いるのですが、実はそれだけでは不十分だということに気付いたでしょうか? これだけの理由で相手に人権を認めてしまうと、“同じ理性を持った”犯罪者にも 人権(自由)を認めなければならないことになります。 「彼らは理性(知恵)を使って物を盗む自由を持っている」という発想になるワケです。 これがおかしな話であることは誰にでも分かると思いますが、同じ理性を持っている という理由だけで人権を認めるというのは、こういうことです。 つまり、ここには明らかに足りないものがあるのです。 ちなみにそれは国の法律ではありません。 というよりも、その法律の土台となっている、もっと大事なものです。 これも重要なポイントなので覚えておいて下さい。   そして最後にもう1つだけ質問です。 はたして啓蒙思想だけが人権の発生源なのでしょうか。 もし理性に基づいた判断だけで人権が生まれたのなら、それは法律上だけの話、 絵に描いた餅、机上の空論で終わったはずです。 世界人権宣言があった後も白人による黒人差別が無くならないことからも分かるように、 そこには理屈だけではなく、現実的な何かが伴わなければなりません。 「人権を認める」と宣言することと、実際に人々が人権を認め合ってていることとは まったく別の話なのです。 今や人権は単なる理屈ではありません。 法的に認められている権利ではなく、誰もが実際に認めている権利になったのです。 この理屈から現実への飛躍はいかにして起ったのか。 ここに人権のもう1つの重要な要素が隠されているのです。   以上3つのポイント 1.啓蒙思想家が啓蒙思想に至った理由 2.啓蒙思想から個人主義・自由主義に至るまでの流れ 3.もう1つの人権の要素 これらを総合的に解説したメルマガ記事(PDFファイル) 『なぜわれわれには人権があるのか』 をメルマガ3年目突入記念キャンペーンとして10月20日までにメルマガ登録して 頂いた方にプレゼントいたします。 今の時代に起っていること、例えば北朝鮮の拉致問題や沖縄県米軍基地問題、介護問題、 社会保障費問題、いじめ問題、原発問題などの根源はすべてこの記事で話したことに 起因していますので、知っておくに越したことはないと思います。 なぜこれらの問題は解決しないのか。 その原因は人権が“本来の”人権でなくなってしまったことにあるのです。   メルマガのご登録はこちら   ではでは。 ありがとうございました。 ...more»
近代(単語帳)
近代とは、啓蒙思想と主権国家体制により神の絶対性が失われた時代のことです。 年代で言えば17世紀頃から19世紀頃を指すことが多いですが、人によって意見が 異なるため厳密に何年から何年ということは断言できません。 近代の特徴としては、デカルトの大陸合理論に代表される合理主義や(物心)二元論、 そして合理主義から派生的に生まれた科学主義、要素還元主義、自由主義、人権思想、 民主主義、決定論、単純進歩史観などが挙げられます。 例えるなら近代建築あたりが分かり易いでしょうか。 直線的で左右対称で無機的、合理的で無駄がなく、機械的で再現性が高い。 こういうのが近代と名のつくものの特徴です。 例外的に「モダン焼き」みたいなものもありますが(笑)、あれは多分言葉の響きだけで 付けた名前だと思うので、あんまり深い意味はないんじゃないかな、と。 だったらいっそのこと「デカルト焼き」にして欲しい、と思うのは恐らく僕だけ でしょう(笑)   それでは、ここからはザックリと近代化の流れを見てみることにしましょう。   中世の世界では神が絶対的な根拠であり、どんなことが起ってもすべて「神の意志」で 片づけられていました。 リンゴが落ちるのは、神の意志が働いているから。 植物が育つのは、神がそうなるようにしたから。 人間が存在するのは、神が人間を創ったから。 こういう今から考えれば根も葉もない根拠の上に世界が成立していたワケですが、 それでも世界はなんとか無事に回っていました。 ところがある時、ガリレオ、ニュートン、コペルニクス、ケプラーという世界の運命を 揺るがす4人が現れます。 彼らはあまりに敬虔なクリスチャンだったため、彼らの信念は 「神が世界を創ったのなら、それは美しいに違いない」 という一般的なクリスチャンの信念から飛躍して 「世界が美しいなら、それは数式で表せるに違いない」 という信念にまでいたったのです。 その信念から彼らは世界を数式化し始めます。 それによって地動説やニュートン力学が生まれてくるワケですが、それをわれわれは 科学革命(Scientific Revolution)と呼ぶワケです。 ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で示したように、 熱烈な信仰というのは、それとは一見何の関係もないものの発展に寄与することが 案外多いようですね。   このあと彼らは、努力が報われるどころか、教会から危険人物のレッテルを貼られて しまうことになります。 この時代、さっき挙げた4人以外にも偉大な功績を残した敬虔なクリスチャンはたくさん いたと思われますが、そういった人たちは教会に消されてしまったのです。 ではなぜ教会は彼らに危険人物のレッテルを貼ったのでしょうか。 それは彼らの発見した数式が、のちのちに教会の(神の)地位を危うくすることが 分かっていたからです。 この頃はまだまだ神は絶対であり、だからこそガリレオやニュートンらはその神を 追い求めて多くの数式を発見したワケですが、その理性的な行為こそが100年・ 200年の時を経て、神を殺す要因となるのです。 もちろん当時の彼らがそんなことを知っているはずもありません。 けれども、教会は分かっていた。 だからこそ教会はその芽をいち早く摘もうとしたのです。   ところで、科学革命がじわじわと起っていた頃、人々の心にも変化が起っていました。 ホッブズ、ロック、ルソー、ディドロ、ダランベール、ヴォルテールといった 啓蒙思想家と呼ばれる人たちが現れ、周りの人々に対して啓蒙を促し始めたのです。 啓蒙とは、自らの理性の力で世界を切り拓く、ということ。 「存在するかしないかも分からないような神に頼ってないで、自分の理性を信じて何事も 自分の力で解決していこうじゃないか」 と言ったかどうかは知りませんが、彼らはそんなことを人々に説いてまわりました。 今のわれわれの感覚からは信じられないかもしれませんが、当時の人々は自分に自分の 人生を変える力があるとは誰も思っていませんでした。 貴族はずっと死ぬまで貴族、農民はずっと死ぬまで農民、それが普通だったのです。 「このとき、社会に不平等と貧困はあったが、精神の頽廃はなかった」 とトクヴィル(トゥクヴィル?)が言っているように、これが普通だったからこそ、 彼らは自ら理性の力で自分の人生を動かす必要はなかったし、動かそうという発想すら なかったのです。 しかし、啓蒙思想家の説教を聞いたことで、彼らは気付いてしまいます。 「生まれた家は確かに違うけど、みんな同じ人間じゃないか」 ということに。 ・・・みんな同じ人間。 この今では当然すぎる発想が生まれたのはこの頃です。 みんな同じ人間だから分かり合えるはず。 みんな同じ人間だから平等じゃなきゃだめ。 みんな同じ人間だから理性的能力も同じ。 こうした発想から自由主義や個人主義が生まれ、それが人権思想になり、市民革命 (フランス革命など)が起るにいたったワケです。   上記2つの革命の行き先を考えると、科学革命は科学的知識を急速に発展させ、 市民革命は個人主義や自由主義から資本主義の精神を育んだ、と言えます。 科学的知識の発展は様々な機械を生み、生活を合理化し、資本主義の精神は人間を より貪欲にした。 そしてこの2つが合わさって人類は産業革命という爆発的進歩を達成したのです。   これで科学革命・市民革命・産業革命の3つが出そろったワケですが、話はここで 終わりません。 上の3つの革命だけでは神の絶対性は揺らいでいないのです。 市民革命は神に対してそこそこ大きなダメージを与えている気はしますが、それでも 神を殺すまでには至っていない。 神にとどめを刺すには主権国家体制が必要なのです。 主権国家体制とは、国家に主権を認める(国のことは国が決めていい)ということです。 1648年に決まった30年戦争の講和条約であるウエストファリア条約というのが この主権国家体制というのを定めています。 これによって、それまでは宗教的に内政干渉されまくっていた国も、その国ごとに 宗教的自由を保障され、カトリックだろうがプロテスタントだろうが、はたまた イスラム教だろうが仏教だろうが無宗教だろうがいろんな宗教が入り混じってようが、 国が決めたことに従うだけでよくなったのです。 こうなると神は国ごとに存在したり、存在しなかったり、たくさんいたり、1人しか いなかったりして、絶対的とは呼びがたい存在となります。 ここにきてようやく神の絶対性が失われるワケです。 このことをニーチェは 「神は死んだ」 と表現したワケですが、彼が言ったのは「神は既に死んでいる」ということであって、 彼が神の死に直面したということではありません。 その点は少し注意しておいて下さい。   以上、簡単ではありますが近代化の流れをまとめてみました。 学者が読んだら目玉が飛び出るほど乱暴なまとめですが、学者が読むことはないと 思いますので、そのままにしておきます(笑) 詳しいことが気になったらウィキペディアや関連書籍などを参照しながら、自分なりに 知識を深めていって下さいね。 ではではー。 ...more»
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