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実存とは
  実存とは、「実際に在る」「現実に存在する」ということを広く表した概念です。 何をもって実存とするかは人それぞれの考え方があるので決定的なことはいえませんが、実存主義者と呼ばれるような人たちは僕が『メルマガ登録』の記事で言っているような“リアルな”現実を追い求めていたと言えます。 かつて、サルトルは「存在なんて気持ち悪い、吐き気がするぜ!」と言い、ハイデガーは「いやいや、存在というのは奇跡なんだよ!みんなもっと驚けよ!」と言い、ニーチェは「ありもしないお花畑ばかり見てないで、お前らもっと現実を直視しろ!」と言いました。 それぞれ現実に対する態度はかなり異なっていますが、彼らはみな実存を真摯に追い求め、実存的であることに人生を注いだワケです。   翻ってみると、このことは当時の人々が「現実をおろそかにしていた」、「非実存的だった」ということを意味します。 誰もが現実を見失い、ありもしない虚構ばかりを見て生きている。 そういう現実があったからこそ彼らは実存を追い求めたワケです。 ヨーロッパの産業革命が一通り終わりに近づき、近代化がいちじるしかったこの時代は、人々がモノ的になっていった時代でもありました。 資本主義の発展に伴うプロレタリアートとブルジョワジーの対立、帝国主義による世界の植民地化、2度にわたる世界戦争・・・これらの事実はすべてこの時代が人々をモノ的に扱っていたことを証明しています。 モノ的とは、その名の通り「モノのように」ということであり、資本主義や帝国主義や戦争は人々を「労働力」というモノに置き換え、まさに使い捨てるかのように命を消費していったワケです。 こういった経緯により彼らは徐々にお互いをモノ的にしか見られなくなり、何事に対しても使えるか使えないか、役に立つか立たないか、労働力ガあるかないか、お金を生むか生まないかでしか価値を見出せなくなっていきました。 また別の方面では資本主義が人々の個人主義を促進し、より自分本位で自己中心的な人間が量産されていたことも見逃せません。 彼らは自分のことだけしか考えない人間だったからこそ、他国の資源を奪ったり、相手を殺してまで自分の利益を優先したりということが出来たのです。 こうして「モノ的」で「自己中心的」な人間が世界を支配するようになったワケです。 しかしながら、現実は「モノ的」とか「自己中心的」といったものから遠く離れた概念であり、まったく性質の違うものです。 「モノ的」とは、もう少し具体的に言えば科学的価値観のことですが、そもそも科学は現実を部分的に切り取ったものにすぎず、数字になるものや言葉で言い表せるものは現実の一部分でしかありません。 その一部分でしかないものしか信じない、それがすべてであるという態度が「モノ的」な態度なワケです。 それはさすがに現実を見ているとは言えないですよね。 この世には科学で証明できないこと、数字や言葉にならないことがたくさんあるのに、そういったことを一切無視している。 ちょっと前にホメオパシーのレメディー(でしたっけ?)を用いた代替医療を猛烈に批判していたのは、科学を盲信した「モノ的」な人たちです。 彼らの言い分も間違いではないのですが、人間の理性では測り知れないことが実際には数多くあるワケですから、すべてを科学的価値観で測ろうとするあの態度はどうなのか、と。 それは果たして“リアルな”現実を見ていると言えるのか、と。 そう思うワケです。   「自己中心的」というのも、その考え方自体がそもそも現実的ではありません。 自己中心的に自社利益を最大化しようとした結果、自社が倒産する(ほされる)なんてことは往々にしてあるし、囚人のジレンマよろしく、ゲーム理論でも自己利益を追求することが自分にとって最も損な結果を生むと証明されている。 仮にこれらを知らなかったとしても、道徳的にそういうことをしたらマズイことが起こりそうだというのは感覚的に分かるのが普通だと思うのです。 にもかかわらず、それを平気をやってしまうあたりが、どれだけ現実が見えていないかを証明していると言えるでしょう。 われわれが非実存的になった要因は他にもあると思いますが、大雑把に言えばこういったプロセスを経て、いつしか「現実のようなもの」がわれわれにとっての現実になってしまったワケです。   この非実存的な状況は今も変わっていません。 いや、視点を変えてみれば、この当時よりも悲惨なことになっていると言えます。 今は他人に命を奪われるのではなく、自分で自分の命を絶つような生物学的に異常な人間が大量に現れ始めたのですから。 このような状況を少し難しい言葉で「実存の危機」と言います。 感覚的には「生きている実感がない」、「生きている意味を感じない」、「なんのために生きているのか分からない」、「今の私は本当の私ではないような気がする」、「なんとなく将来が不安」というような状態です。 この中身は症状の軽いものから重いものまでさまざまです。 今すぐ死んでしまいたくなってしまうようなものもあれば、居心地は悪いけど別に死のうとまでは思わないというものもあります。 ただ、誰もが何かしらモヤモヤした漠然とした不安を抱えている、というのが実存の危機たる状況なのです。 この居心地の悪さというのは先ほど上で話したようなものに加え、急速な時代の変化や常識の変化なども関係しています。 要するに「自分の思っている現実」と「実際の現実」が気付かないうちにどんどん乖離していっているから、なんとなく自分の日常に現実感がなくなり、気付いたときには茹でガエルのごとく手遅れになってしまうワケです。   この状況を打開するにはわれわれが実存を取り戻す必要があるワケですが、そのヒントとして、かつて歴史的な実存の危機を生きた哲学者の言葉が役に立ちます。 彼らはその時代において常に現実と向き合い、危機を乗り越えようともがいた稀有な人間です。 そして彼らは歴史に名を残すほどの鬼才でもある。 幸いにして、われわれはたった1000円程度のお金で彼らが一生をかけた臨んだ哲学に触れることができます。 それらは決して読みやすいものだとは言えませんが、人生をかけてでも読む価値のあるものばかりです。 別に今すぐに読めなくてもいいのです。 日々勉強をかさね、たまにペラペラとページをめくり、読む気にならなければまた本棚へしまっておく。 これを繰り返しているうちにどこかのタイミングで少しずつ読めるようになってきます。 なんとなく言わんとしていることが分かってきます。 そしてそうなったときには、あなたは既に実存の道を歩み始めているのです。   ...more»
目標(やりたいこと)を見つける方法
  珍しく今回は分かりやすいタイトルをつけてみました。 読んで字のごとく、そのまんま。 前回の記事では目標を持つことがいかに大事なのかを 必要性という観点から解説しましたが、今回は 「なぜ目標を持たなければならないのか」 という疑問を前回とは別の側面から解説し、尚且つ、 ペス流の目標を見つける具体的な方法も紹介します。 もし何かしら今の自分にモヤモヤした悩みがあるなら、 今回の記事は結構役に立つかもしれません。 んじゃ本題へ入ります。 【なぜ目標を持たなければならないのか】 前回はこの答えを「時間をムダにしないため」という 位置づけで解説しました。 目標がないからみんな毎日毎日貴重な人生を 下らないことに浪費してしまうんだ、と。 そんな話でしたね。 ではでは、前回の記事を思い出したついでに 「われわれ」は一体何者なのかという記事も 思い出して下さい。 この記事で僕は 人間の意志には目標が必要だ。しかし、その意志は、 何も目標が与えられないなら、むしろ虚無を欲する。 というニーチェの言葉を引用しました。 ここに【目標】という言葉が使われていることに 注目して欲しいのですが、この言葉を現代社会に 当てはめるとどうなると思います? 僕はこの言葉を「目標がないヤツは死にたくなる」みたな感じで 解説をしましたが、その解説だと前回の記事で言った 「現代人のほとんどは目標を持っていない」という前提を 踏まえると意味が矛盾しちゃうんですよ。 要するにこーゆーことです。 現代人のほとんどは目標を持っていない。 ということは、ニーチェの言葉を鵜呑みにすると ほとんどの現代人が死にたくなってるはずなのに 自殺者はそこまで多はくない。 まあ多く見積もってもせいぜい数万人程度。 これを「現代人のほとんど」と呼ぶにはやや忍びないですよね。 かと言って、みんな死にたいのを我慢しながら 生きてるのかというと多分そうではない。 なぜなのか? それは、みんな【エセ目標】を持っているからです。 ニーチェのもう1つの言葉を覚えていますか? 彼は 自分に命令する力の無い者ほど、自分を命令する者を求める とも言ってます。 つまり、まとめると、 人は目標を失うと死にたくなってしまうから そうならないために(自己防衛本能として) 自分に命令する力のない者は自分に命令する者を求める ということなのです。 じゃあ、みんなが持っている「エセ目標」とは 誰が与えたものなのか。 それは時と場合によって異なります。 小さい頃は親。 「ピアノの練習をしなさい」「勉強しなさい」・・・。 その内容の善し悪しはともかく、自分で目標を 見つける能力のない時期はわれわれは親が立てた目標に 従うしかありません。 学校に入れば学校での目標も加わります。 「テストでいい点を取る」「受験に受かる」というのも 学校での目標の1つです。 そして就職したら会社の目標が自分の目標になります。 会社が「年商100億を目指す」と言えば、それが自分の目標。 要は、自分で目標を立てない限り、 誰かが敷いたレール(共同体の常識)に沿って 生きていくしかない、ってことです。 逆に言えば、そのレールがあるからこそ、ほとんどの人は 死にたくなるほどの虚無感に襲われることなく、それなりに 生きることが出来るのです。 ですが、他人のレールに沿って生きるなんて、 【生きてる】って言えるの?と僕は思うんですね。 それって【死んでないだけ】なんじゃないの?と。 僕は「生きる」ってことは自分が主体的に何かを 成し遂げていくことだと思うんです。 オルテガじゃないですが、1つの使命に自分の命を 賭けることが「生きる」ってことなんじゃないか、って。 もちろん人それぞれ考え方は違いますし、 戦争を体験した方なんかは 「生きてるだけで幸せなんだ」 とおっしゃるかもしれません。 ユダヤ人迫害を逃れたエマニュエル・レヴィナスって哲学者も そんなこと言ってますし。 そう心から思えるなら、それでいいと思うんです。 ただ、そんな局面を体験していない僕ら世代が 「生きてるだけで幸せ」と思うのは現実的には かなり難しい。 だからこそ、そんな僕らが幸せを感じるためには 【自らが立てた目標】を自ら成し遂げていくことが 必要だと思うワケです。 というワケで、ここからは目標を見つける方法を紹介します。 この記事を書く前に本やらネットやらをいろいろ調べて みたんですが、どうもどれもシックリこないんですよね。 方法的には悪くはないんだけど・・・みたいな。 「1年以内にやりたいことを書き出せ」とか 「1億円あったらやりたいことを書き出せ」とか 「自分史を書いてみたらいいかもよ」とか それ自体は確かに有効なんだけど、それをやっただけで 目標が見つかるかというと、ちょっと「?」。 もちろんそれだけで見つかる人もいるとは思います。 思いますが、やっぱり出来ることならもっと確率を上げて、 より多くの人に結果を出して欲しいなー、と。 そう思い、元々知っていた方法を自分の体験などを踏まえて 新たに再構築し直したものが今回紹介する方法です。 自分で言うのも何ですが、敢えて言っちゃいます。 これで結果が出ないなんて有り得ません それぐらい自信があります。 ただし。 これは「ちゃんとやれば」の話。 作業自体は非常にシンプルなので【出来ない】ということは ないと思いますが、全く楽ではないので【やらない】ということは 大いにあり得ます。 僕には【やらない】人に結果を出させることは出来ません。 当たり前ですが、ここから先はそれを分かった上で 読んで下さいね。 では具体的な作業の話に入りましょう。 この方法では主にブレインダンプとマインドマップを使って 作業を行なってもらいます。 やり方はいたってシンプルです。 1.ブレインダンプ これは頭の中にあるものを全て書き出す作業です。 【やりたいこと】と【やりたくないこと】を 各々最低でも200個以上出して下さい。 (できれば【やりたいこと】は250個以上) つまり全部で400個以上。 それより上なら何個出しても構いません。 ってか出せる限り全部出して下さい。 多分慣れてないと「やりたいこと」を出すだけで 1日終っちゃうと思うので、目処は2日以内。 僕も最初は8時間で100個ぐらいしか出せなかったので、 そーゆーもんだと思って頑張って下さい(笑) 慣れれば6時間で200個ぐらいは出せるようになります。 一応簡単なヒントを出しておきましょう。 「100万円あったら何がやりたいか」 「1億円あったら何がやりたいか」 「王様になったら何がやりたいか」 「どんなことでも出来る能力があれば何がやりたいか」 「1年後に死ぬとしたら何がやりたいか」 「法律がなかったら何がやりたいか」 「未来・過去に行けるなら何がやりたいか」 これらを考えていけば多分100個ぐらいはすぐです。 一応例も出しておきましょうか。 お金持ちになりたい、モテたい、賢くなりたい、 不完全性定理を理解したい、金髪にしたい、 ヴィトンのバッグが欲しい、世界遺産巡りをしたい、 会社を作りたい、社長になりたい・・・。 こんな感じ。 抽象度や内容の善悪は無視して、内容が被っていようが 卑猥なことだろうが全部書いて下さい。 人に見せるものじゃないので、公言出来ないような 非道徳なことも書いて大丈夫です(笑) 「やりたくないこと」はこの逆。 「100万円借金してもやりたくないこと」 「奴隷になってもやりたくないこと」 「死んでもやりたくないこと」などなど。 例を出すなら 便所掃除はしたくない、営業はしたくない、 人に頭は下げたくない、理不尽なことはしたくない、 下らないことはしたくない、お金を使うことはしたくない、 悪いことはしたくない、人に従いたくない、 愛する人を悲しませたくない・・・。 こんなもんかな。 このブレインダンプの作業が一番キツイと思いますが、 ここで頭の中を空っぽにしておかないと後々の作業が 無意味になってしまうので、是非とも手を抜かずに やって下さいね。 2.マインドマップ これは有名なので知ってると思いますが、 トニー・ブザンって人が考えた思考ツールのことです。 これもやることはシンプル。 こんな感じでブレインダンプで出てきたものを 全部まとめていくだけです。 まとめ方には特にルールはありません。 「趣味」とか「勉強」とか「娯楽」とかそんな感じの カテゴリーでまとめていってもいいですし、 「行動」とか「能力」とかでも構いません。 とにかく何かしら自分の見やすい形で まとまっていることが大事なので、 自分が分かるようにやってくれれば大丈夫です。 何をやればいいのかが全く分からない場合は トニー・ブザン氏の本を買って読んで下さい。 なんなら立ち読みでも大丈夫です(笑) それぐらいで分かると思いますから。 ホントはホワイトボードか何かを使って目の前で 説明してあげられれば一番いいんですが、さすがに 動画を用意するには時間的にも環境的にも無理があるので 何か不明なことがあればメールなどで質問して下さいませ。 3.「問いかけ」そして「回想&妄想」 ここではマインドマップを眺めながら「問いかけ」と 「回想&妄想」を行います。 まずは「問いかけ」。 マインドマップに書いてある【やりたいこと】 【やりたくないこと】に対して「なぜ?」と 問い続けて下さい。 なぜお金持ちになりたいのか。 なぜ賢くなりたいのか。 なぜ営業をしたくないのか。 なぜ人に従いたくないのか。 これらを行うことで、書き出したマインドマップが 頭の中で繋がっていきます。 「お金持ちになりたいのは世界遺産を巡りたいから」とか 「賢くなりたいのは不完全性定理を理解したいから」という風に 各項の繋がり明確になってくるように「なぜ?」を 続けてください。 これをやってると、一見バラバラに見えていた各項が 実はほとんどが繋がっていたんだ、ということに 気付くと思います。 どれぐらいやればいいのか、という基準は特にありませんが、 目標が明確に見えるまではマインドマップを眺めながら 毎日モヤモヤさせといてもらえればいいかと。 ポイントはモヤモヤさせておくことです(笑) ガチガチに考えると逆効果ですから、 リラックスしてボヤーっと考えて下さいね。 で、これをやりつつ「回想&妄想」も同時にやります。 これは過去の出来事、中でも特に強く印象に残っていることを 回想して下さい。 部活でもいいし、バイトでもいいし、学校行事でもいいし、 会社での企画でもいいし、とにかく強く印象に残っていて 尚且つ楽しかったことを出来るだけ思い出すようにしましょう。 妄想の方は特に言うことはありませんけど、 自分が最も望むような状態を想像してニヤニヤしといて もらえればそれで十分です(笑) もちろんこれらをやっている最中はマインドマップを 眺めることをお忘れなく。 これら一連の流れを真面目にこなしてもらえれば マインドマップ完成から1週間以内には 何かしら自分の目標とするべきものが見つかります。 「なぜこんな方法で目標が見つかるのか」というのは 説明すると話が難しくなるので今は割愛させて下さい。 ちなみに「本当に真剣にやったけど見つからなかった」 という場合、それは純粋に【経験(体験)が足りない】 ということです。 今回紹介した方法はザックリ言ってしまえば 【自分の中】を洗い出す作業です。 なので、今回の作業では自分の中に無いものは 一切出てきません。 つまり。 自分の中を洗い出して目標が見つからなかったということは そもそも自分が人生の目標を作り出すような経験を していなかった、ということを意味するワケです。 ただ、これもある意味ので【答え】なんですね。 「今の自分には目標を立てることが出来ない」 という明確なことが分かったワケですから。 もちろんだからと言って目標を持つことを 諦めることはありません。 目標が見つからなかったのは純粋に経験が足りないだけなので 今からどんどん経験を積めばいいんです。 今までやったことのないこと、嫌って避けていたこと、 人がやらないようなこと、それらを積極的にやっていけば、 やり方によってはすぐに見つかります。 ま、こんなことを言っても実際に経験を増やすために 行動する人なんて1%もいないと思うんで、やったもん勝ち だと思いますよ。 信じる信じないはあなた次第。 やるやらないはあなた次第。 どうぞ、ご自由に。 あ、何か質問があればいつでも送って下さいねー。 ではではー。 ...more»
「われわれ」は一体何者なのか
  前回の記事を改めて読み直してみたんですが、 ちょっと急展開し過ぎた感が否めないですね(苦笑) まあ今はピンッとこなくても、僕の記事を読み続けてもられば それなりに実感が湧くようになると思います。 僕がどんだけ丁寧に説明したとしても現時点では 「いやいやいや、ヒーローとか言われても やっぱり理想論にしか聞こえないし」 という状態だと思うんですね、多分。 でもそれは仕方ないことなんです。 だって今まで「善」とか「倫理」とか「徳」とか そーゆーものについて真剣に考えたことなんて ほとんどの人は無いはずですから。 そんな人がいきなりヒーローがどうの理性的権威がどうの って言われてすんなり受け入れられるはずもありません。 これは別に軽蔑しているワケではなくて、われわれは そーゆー風に教育されてきた、ってことなんです。 「善?あぁ、一日一善は実践した方がいいかもね」 「道徳?あぁ、小学校の授業でやった覚えがあるかも」 「倫理?高校で習ったけど意味わかんなかった」 この程度の認識ですよね、普通に生活してたら。 それぐらいわれわれの「倫理」や「道徳」に対する意識は低い。 多くの哲学者が「善や道徳は人が幸せになるための要素だ」 ということを言ってるのにも関わらず、学校や会社では そんなことは誰も教えてくれません。 いや、「誰も知らない」と言った方が正しいかな。 だから教えたくても教えることが出来ない。 もちろん知らなくてもどうってことはありません。 むしろ僕の言ってることは「普通」に生きていくには 全く必要のないことばかり。 一般には【ムダ】と呼ばれる部類に属します。 「相対主義とかどうでもいいからFXで儲かる方法を教えてくれよ」 というのが世間の本音でしょう、恐らく。 そう思うなら僕のブログなんか読まなくていいんですよ。 第一このブログはそーゆー人の役には立てないですから。 僕のブログが役に立てるのは本当の意味で【人生を善くしたい】と 思っている人だけです。 しかしながら、この一連の記事は「ビジネス」という テーマに終着する予定になっています。 つまり、広い意味での「金儲け」。 「言ってることが矛盾してるんじゃないの?」 と思うかもしれませんが、その真意は今後の記事を 読み続けてもらえれば分かると思います。 今はまだ構想中なので実際にどんな内容になるかは 未定ですが、まあ気長に待ってて下さいませ。 絶対損はさせませんから。 さて。 いつも通りムダに長い前置きが終わったところで(笑) 本日の本題に入っていきましょう。 前回からいきなり【ヒーロー】という概念を登場させましたが、 なぜヒーローが必要なのか、という部分の説明が全然足りて いなかったので今回の記事で補足させて下さい。 前回僕は今の時代にヒーローが必要な理由を一言で 周りがヒーローの言うことを素直に (自らの望むこととして)聞き入れるから と書きました。 これは一見すると何も難しいことは語っていないように見えるのですが、 実はこの言葉はかなり奥が深いです。 特に「(自らの望むこととして)」という部分。 ここをサラッと読み流さないで欲しいんですね。 ヒーローが絶対的に尊敬されている存在だということは 前回も説明しましたから「素直に聞き入れる」という部分は 特に問題なく受け入れられる思います。 しかし、それがなんで「自らの望むこととして」なのかは 疑問に思って欲しいのです。 どうして一般人はイチローにボール拾いを頼まれたら 喜んで(自らの望むこととして)それに応じてしまうのか。 「イチローに理性的権威があるからでしょ」という答えは 端的には正しいですが、実はそれだけじゃ不十分なんですね。 理性的権威は1つのキッカケに過ぎません。 理性的権威が非常に重要な地位を占めていることには 違いありませんが、われわれがイチローの言葉を すんなりと受け入れてしまう理由はもっと深いところに 起源があるのです。 そんなワケで今回は 「われわれ(現代人)は一体何者なのか」 「われわれはどんな性質を持った人間なのか」 「われわれはどこから来て、どこへ向かっているのか」 という部分に焦点を当てて、書き綴っていこうかと 思います。 われわれは一体何者なのか。 分かりそうで全く分からない悩ましい問いです。 人は自分のことほど分かっていない、なんてことを よく言いますが、まったくその通りだな、と個人的にも思います。 「自分のことが知りたい」 恐らく僕ぐらいの年齢の人なら誰しも1度ぐらいは 考えたことがあるでしょう。 自分に向いている仕事は何なのか、自分のやりたいことは何なのか、 僕の周りの友人も同じように悩んでいました。 そしてミクシィのコミュニティなんかを見れば分かるように 今も悩み続けている人が何十万という単位で存在します。 みんな自分のことが見えないのです。 「神」や「理性」が絶対的なものと信じられていた時代は こんな悩みは存在しませんでした。 神の時代は、神の言葉に対して忠実に生きることが 人々にとっての全て。 その時代の人にとって自分なんてものはどうでもよく、 最終的に神に選ばれるかどうかが全てだったのです。 つまり、その時代の人は(生きている)自分に興味が なかったワケです。 また理性の時代は「いかに(理性的に)優れているか」が 問われた時代。 乱暴に言えば、成績のいいヤツほど幸せになれると 思われていた時代です。 「自分の在り方」とか「どんな人生を生きるのか」とか そんなものを考えるよりも東大出て大手企業で出世すりゃ 幸せになれるんだから頑張って勉強しなさい、と。 「将来が約束されている」という言葉はこの時代に よく使われた言葉だと思いますが、時代の価値観を うまく表してますよね。 要するに、この時代の人は自分について考える必要が なかったのです。 (難しく言えば決定論的だった、ということになります) しかしそんな「文明開化」「富国強兵」「年功序列」な時代は もう終わってしまいました。 いくら賢くて強くて自由でお金があっても、それが幸せとは 限らない。 そういった時代(価値観)の下でわれわれは生活しています。 そして最も重要なのは、今やわれわれには「神」や「理性」 という万人に共通した絶対的な【目標にすべきもの】が 存在しないということです。 つまり、何を目標にすればいいのかが分からない。 (なんのために生きているのかが分からない) だから「生きていること自体が不安」なのです。 例えば、あなたがマラソン大会に出たとしましょう。 走っている途中、突然主催者から 「実はこのマラソンのゴールはまだ決まっていないんです」 「ただし、立ち止まったらコーラ2リットルを鼻から 一気飲みさせて市中引き回し刑の後、即射殺しますので 頑張って走り続けて下さいねー」 なんてことを宣告されたら、どう思うでしょう? 極端ではありますが、これが今のわれわれの心境です。 人生という名のマラソンは生まれた瞬間にスタートし、 われわれは「生きている限り」走り続けなくてはなりません。 しかし多くの人にはゴール(目標)が決まっていない。 ゴールがないということは、走る目的もない、ということです。 だから 「このまま走り続けることに意味があるんだろうか??」 「でも立ち止まると殺されるし・・・」 と不安になる。 【死にたくない、でも今のまま生きてるのはもっと苦痛】 これが現在、多くの人が「無自覚なまま」抱いている 大きな不安なのです。 そこで。 この不安を解決するヒントを得るために、偉大な哲学者の 興味深い発言に注目してみたいと思います。 まずはニーチェ。 「人間の意志には目標が必要だ。 しかし、その意志は、何も目標が与えられないなら、 むしろ虚無を欲する」 「自分に命令する力の無い者ほど、自分を命令する者を求める」 続いてスペインの哲学者オルテガ。 「待命中の生は死以上の自己否定である。 なぜならば、生きるということは何か特定のことをなさなければ ならないということ(1つの任務を果たすこと)であり、 われわれがその生を何かに賭けることを避ける度合いに 比例して、われわれは自己の生を空虚にしていくのである。 全地球上から恐ろしい叫び声が湧き起こり、無数の犬の ほえ声のように天空にまで響き渡り、命令を下してくれる者、 仕事や義務を与えてくれる者の存在を求める日もそう遠くは ないであろう」 「創造的な生は、厳格な節制と、高い品格と、尊敬の意識を 鼓舞する絶えざる刺激が必要なのである。 創造的な生とは、エネルギッシュな生であり、それは 次のような2つの状況下においてのみ可能である。 すなわち、自らを支配するか、あるいは、われわれが 完全な支配権を認めた者が支配する世界に生きるか、 つまり、命令するか服従するかのいずれかである。 しかし服従するとは決して忍従することではなく、 (忍従は堕落である)その逆に、命ずる者を尊敬して その命令に従い、命令者と一体化し、その旗の下に 情熱を持って集まることなのである」 (オルテガ著【大衆の反逆】より引用) その他お馴染みの精神分析研究者エーリッヒ・フロムも ニーチェやオルテガと同じようなことを言っています。 非常に興味深いですよね。 ここでニーチェが言っているのは 人間には目標が必要で、目標がなければ死にたくなるし、 自分で目標をたてられないヤツは代わりに命令してくれる人が 欲しくてたまらない ってことです。 ちょっと前に「指示待ち人間」なんて言葉が流行りましたが 彼らは自らの目標を立てられない典型的なタイプに属します。 要は「考えてないだけ」なんですが、彼らには 何を考えればいいかさえ分からないから 何かしていないと不安なのです。 だから指示があると自分の任務が確認できてホッとする。 しかし、ずーーっと指示がないと自分が会社にいる意味が 感じられないし、周りからは「役立たず」という見られるし、 だからと言って何を考えればいいかも分からないしで 段々と辞めたくなっていって、いずれ辞めてしまう。 これは会社だから「辞める」で済みますが、 これが人生そのものなら「虚無(死)を欲する」、 つまり死にたくなって、いずれ死んで(自殺して)しまう。 だから人間には「目標」や「目標を与えてくれる人」が必要だ、 とニーチェは言っているのです。 んでもってオルテガが言ってるのは 命令を待っている(自ら目標を見出せない)状態で生きている というのは死ぬ以上に自分を苦しめていることになる なぜなら、生きるということは何かをなすことだから われわれが生きる任務(目標)を持てないままでいると それはどんどん自分の人生を虚しくしていくのと 同じことだからである 自殺したくなる人が増え、生きる目標を与えてくれる 救世主をわれわれが求め始める日もそう遠くはないだろう われわれが「善く生きる」には、誰かの命令に従うか、 自分で自分に命令するか、どちらかしかない しかし誰かに従うというのは、嫌々従うのではなく、 「この人になら命令されてもいい」と思うような人を選び、 自らの望むものとしてその人の命令(指示)に情熱を注ぎ、 一緒に実現していくことである ってこと。 つまり僕が何を言いたかったのかはもうお分かりでしょう。 それは われわれが人生の不安から抜け出すためには、 まず自分が不安であることを自覚し、自身がヒーローになる、 もしくは自らの認めるヒーローを見つけ、指示を仰がなければならない ということです。 やっとまとまった(笑) これだけ話せば伝わったかなー(苦笑)。 なんで僕が相対主義の話ばかり取り上げるのか。 なんで僕が理性的権威が相対主義の世界を 救うキーワードだと言ったのか。 なんで今の時代にはヒーローが必要なのか。 全てはこういった前提があってのことだったのです。 「自己分析」とか「心理テスト」とか「自分探し」とか 「血液型説明賞」とか「風水」とか「占い」とか 「スピリチュアル」とか、そーゆーものが日本で流行るのは 実は上で話したようなことが大きく関係しています。 表面上は「ただ楽しいから」だと思われていますが、 こうやってちゃんと勉強すれば、これらが 【無自覚な不安を解消するための行動】 として明確に理解できるワケです。 みんな不安だから自分のことを少しでも 「知った気になって」安心したいんですよ。 ホントはその前に自分が不安だということを 自覚しなくちゃ意味ないんですけどねー。 ま、何かの参考になれば。 ではではー♪ ...more»
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