日本が世界に誇るべき偉人に、二宮尊徳(二宮金次郎)がいます。

あの有名な薪を背負って読書する銅像の印象から、彼は一般に
「勤勉な日本人」という印象しか持たれていませんが、それは
大きな誤りです。

調べてみれば分かるように、彼は当時飢饉や貧困で困窮していた
何百という村々を救い、あの封建制度ゴリゴリの世の中において、
実力だけで百姓から幕臣にまで上り詰めた、豊臣秀吉にも
引けを取らない実績を残しています。

彼は若い頃から独自に金融業を営んでいました。

自分が働いてコツコツ貯めたお金を、困っている人に貸し出し、
利子をつけて返してもらう。

これだけ見れば銀行がやっている今の金融業と同じなのですが、
彼はもう一歩進んだことをやっていました。

なんと彼はお金を貸した相手に、どうすればお金を無事に
返済できるのかをアドバイスしていたのです。

あるとき、尊徳は奉公先にいた女中にお金を貸して欲しいと
頼まれます。

そこで彼はこう聞きました。

「返すあてはあるのか?」

すると彼女は

「お給料を何度も前借しているため、返せるあてがありません」

と正直に答えました。

しかし、尊徳はそこで彼女を見捨てるのではなく、

「あなたが食事の支度をするときに使っている薪を節約しなさい」

「鍋の底についているすすを綺麗に払えば、少ない薪でもちゃんと
火が通るようになる」

「そうして余った薪を私が買い取ってあげよう」

「それで少しずつ返済していけばいい」

と言って、彼女にお金を貸してあげたのです。

そのときの女中にとって、尊徳は神様に見えたことでしょう。

 

また尊徳は周りの人たちに言って、自分にお金を預けさせました。

ここで彼が何をやったか分かるでしょうか?

その預けてもらったお金を別の人に貸し出すことによって、
預けた人のお金に利子をつけて増やしてあげていたんです。

これには周りの人たちも大喜び。

「尊徳に預けるとお金が増える」という噂が広がり、
彼のもとにはどんどんお金が集まるようになります。

そうすると、また貸し出せるお金が増え、利子による
利益も増え、預けた人は喜び、またお金が集まる。

こういう好循環ができあがっていったワケです。

それもこれも彼が経済(金融)に長けていただけではなく、
ちゃんと儒教に由来する道徳の精神を持っていたから
できたことです。

みんなを喜ばせるには何をすればいいか。

きっと彼は一日中そのことを考えていたに違いありません。

もし彼が私腹を肥やすためにお金を貸したり、集めたり
していたならば、決してこんな素晴らしいことは
起こらなかったでしょう。

しかし、今の世の中を眺めてみてください。

お金を貸した相手に、返済方法をアドバイスしてあげるような
親切な金融業者がどこにあるでしょうか?

預けてもらったお金を増やしてあげるために、必死になって
がんばっている誠実な銀行がどこにあるでしょうか?

どの銀行もお金を預ければ表面的には「ありがとうございます」と
言いますが、行動や態度はまったく伴っていません。

本当に有り難いと思っているなら、二宮尊徳のような行動をとって
然るべきだと思うのです。

でも、そんな会社はどこにもない。

今の金融が行き詰っているのは、まさしくこの点にあります。

 

二宮尊徳の貸金の基本は「五常講貸金」と呼ばれています。

これは仁・義・礼・智・信という5つの基本理念から成り、
この5つを根本に据えて貸金業を行うということです。

簡単に説明しておくと

仁:お金に余裕のある人が余裕のない人に貸す、つまり、
貸す方が思いやりを持つこと

義:返済の約束を必ず守ること

礼:貸してくれた人に感謝すること

智:返済するために知恵をしぼって努力すること

信:貸した相手を信じること

という感じになります。

当たり前と言えば当たり前なんですが、できてないですよね、
昨今の人間はどれも。

結局お金の貸し借りは、お金だけの問題になっていて、
そこに思いやりや感謝みたいなものは、まるでありません。

お金に困っている人ほど貸してもらえない。

これが現実です。

でも、これっておかしいですよね?

だって、商売ってのは「儲けるため」にあるじゃなくて、
「人を助けるため」にあるんだから。

人を助けた結果として儲かるのが商売なのであって、
儲けを優先して人を助けないというのは、商売とは呼びません。

要するに、今の金融は「お金を貸している何か」であって、
本来の金融業でもなければ、商売でもないということです。

そんな思いやりも感謝もない冷徹な何かが世界を席巻している
ワケですから、そりゃ長続きするはずがありません。

尊徳も言っているように

「道徳を忘れた経済は罪悪」

なのであり、そんなものは短命に終わるに決まっているのです。

 

尊徳が非常に偉かったのは、どれだけ困っている人に対しても、
決してお金をあげなかった点です。

すべては救済のために「貸した」のであり、生活がよくなれば
少しずつ返してもらう、ということを彼は譲りませんでした。

というのは、「もらったお金は人を堕落させる」ということを
彼はよく知っていたからです。

生活保護の問題を見れば、彼の言っていたことがいかに
正しいかがよく分かります。

あれも本当はお金をあげてはいけないのです。

特定の重い病気や障害を持っている人は仕方がないとしても、
本来は奨学金のように、低利子、もしくは無金利で貸し出す
というのが最も身になります。

だって、借りたものは、どこかで努力して返さなきゃいけない
ワケですから。

そして行政も貸し出すだけで終わらせずに、ちゃんと商売や
家計の勉強をして、一人一人にアドバイスをしてあげれば、
今よりグンと状況はよくなります。

つまりこの場合は、借りる側よりも、貸す側の実力が問われる
ということです。

その意味で、今の生活保護の問題は行政側の「手抜き」による
ものだと言えます。

とりあえずお金を渡しておけばいっか。

彼らの行動や態度に、そういう気持ちがにじみ出ていますよね。

生活保護の申請は受けつけてくれても、生活保護から抜け出す
手助けはしてくれないワケです。

いや、手助けしてくれないというより、実力がないから
手助けすることができないと言った方が正しいでしょう。

しかし、尊徳は自分でお金を稼いで、それを増やす実力が
ありました。

だからこそ彼は他人の面倒まで見ることができたのです。

今の公務員が自分の力でお金を稼げるとは思えません。

そんな人間が他人にアドバイスするなんて、もっての他です。

だとすれば、昨今の経済や政治や行政の歪がどこにあるかは
明白ですよね。

「みんなに実力がない」

「みんなに思いやりがない」

この2つの事情が、今の世界をめちゃくちゃにしているのです。

 

もしあなたが、あなたの望む世界を生きたいと思うならば、
この2つを出来るかぎり多く満たしてください。

実力をつけるのは時間がかかりますが、思いやりは今からでも
すぐに持つことができます。

二宮尊徳だって、最初は思いやりだけでした。

村人のために一生懸命に堤防を作り、堤防を強化するために
こっそり松の木を植えたり、こっそり草鞋を作ってあげたり、
そういう陰徳を積んでいたのです。

もちろんその間にも、彼は実力をつけるために『大学』や
『論語』などの儒教の本を読み、勉強をしていました。

その小さな積み重ねが、彼を大成に導いたということです。

前に『ハチドリのひとしずく』という動画を紹介しましたが、
あの動画が伝えていたことを思い出してください。

ハチドリは

「自分にできることをやっているだけだ」

と言っていましたね。

あなたも同じように、今あなたにできること、つまり思いやりを
持つことから始めればいいのです。

なにも焦る必要はありません。

尊徳のように、コツコツと小さなことから積み上げていきましょう。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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