高校生の頃、僕はある女の子に告白をしました。

彼女は僕よりも1つか2つ年上で、美人というワケでは
ないけども、明るくて前向きで話していると元気になる、
そんな感じの子でした。

彼女とは2回ほどデートをし、会話も弾む仲だったので、
僕の中ではそれなりに自信がありました。

一緒に映画を見たり、ご飯を食べたりしただけでしたが、
若かった僕はそんな微妙な根拠で「いけるかも」と
思っていたワケです。

そして意を決して告白。

結果どうなったかというと、ご想像通り撃沈しました。

・・・さて、ここで問題です(笑)

僕の告白が失敗した原因は何だと思いますか?

デートの内容が微妙だったことでしょうか、それとも
僕の容姿が相手のタイプじゃなかったことでしょうか。

まあ理由はいろいろ考えられますが、それらの理由は
一言でまとめることができます。

僕が振られたのは、告白すれば付き合ってもらえる、
という僕の勝手な前提で告白したからです。

 

「失敗というのは、何かしらの前提がおかしいときに
起こる現象です。だから事前にそのおかしい前提に
気付くことができれば、失敗なんてしなくて済むんですよ」

先日、もう1つのメルマガ『ここヒル』でこんなことを
言いました。

これは言うは易し行うは難しの典型的な例ですが、
言っていること自体に間違いはありません。

実際、僕が振られたのは振られるような前提であることに
気付かないまま告白したからです。

相手との関係が大して深まってもいないのに(前提)、
それに気付かずに告白することで僕は振られました。

僕としては「いけるかも」と思っていたので、
僕の中ではその前提は(勝手に)成立していたのですが、
そもそも恋愛経験の浅い僕が「いけるかも」と判断した
その判断基準そのものが凄く怪しいですよね?

それまでに僕が100回ぐらい告白して、成功パターンやら
失敗パターンを把握していたなら、その判断基準はある程度
信頼に足るものですが、そんなことはないワケです。

だとすれば、僕の「いけるかも」は、僕の勝手な想像、
もっとストレートに言うと、単なる妄想に過ぎなかったと
言えます。

つまり、相手との関係が深まっている(前提)と
判断するための判断基準(前提の前提)までもが誤っていた。

だから告白は失敗したのです。

 

お分かりのように、「前提」や「前提の前提」の誤りに
事前に気付くことさえできれば、われわれは失敗を
回避することができます。

当時の僕に「まだ告白するには関係が浅すぎるでしょ」とか
「お前の判断はテキトーすぎる」とか言ってあげられれば、
僕は無駄に凹まずに済むワケです(笑)

じゃあ、どうすれば事前に気付けるようになるのか。

その答えが今回のタイトルである「思考の解像度を上げろ」
なのです。

例えば僕は「一緒に映画を見たり食事をしたりしたし、
会話も弾むからそれなりに仲は深まっているはずだ」
という風に思っていたワケですが、これは非常に粗くて
雑な考え方であり、思考の解像度が低い発想です。

一言で一緒に映画を見たと言っても、その映画の内容や
映画を見た後の会話、映画を見ている時のスキンシップなどが
関係の深さには関係してくるワケですよ。

にもかかわらず、僕はその細かいことをほとんど気にせずに、
一緒に映画を見た、という漠然とした事実だけから前提を
勝手に妄想していました。

同様にして、食事でも、一緒にうどんを食べるのか、
パスタを食べるのか。

どういう雰囲気の店でうどんを食べるのか。

うどんを食べながら映画の話をするのか、音楽の話を
するのか。

うどんを食べて音楽の話をしながらスキンシップするのか、
しないのか。

こういった細かいことが山ほど考えられるし、その1つ1つの
精度によって築かれる関係は変わるのに、それが当時の僕には
見えていませんでした。

これらはすべて、思考の解像度が低かったことが原因です。

思考の解像度が上がると、「何回かデートはしたけど、
内容がイマイチだったからまだ告白するタイミングじゃない」
ということが分かるようになります。

なぜならデートの回数やデートしたという事実ではなく、
内容の方に、より細かい点に意識が向くからです。

当然、相手の細かい反応も分かるようになるし、細かい配慮で
着実に関係を築いたり、相手の気持ちを察知したりできる
ようにもなります。

相手の気持ちが分からないのは、われわれが見ている世界が
大雑把で粗雑だからであり、相手の表情やちょっとした仕草、
目線などを見逃しているからなのです。

僕はよく「見える世界が変わる」とか「見えないものが
見えるようになる」とか言ったりしますが、それは
今言ったようなことだと思っておいてください。

 

じゃあどうやれば思考を解像度を上げられるのか、
という話も簡単にしておきましょう。

僕のオススメは、みんな大好きな精読です(笑)

しかも難しい本(厳密に書かれた本)であればあるほど、
その効果は絶大、という悲しい真実があります。

もちろん難し過ぎて一歩も進めないのでは意味がないので、
自分にとって適度に難しいものを選ぶ必要はありますが、
何にしてもキツイことをやらないと思考の解像度は
上がっていきません。

厳密に書かれた本というのは、文字通り厳密に書かれて
いるので、こちらの思考も厳密にする必要があります。

厳密に書かれた本を難しいと感じるのは、われわれの
思考がその厳密さに、つまり思考の解像度がその本に
相応しくないからです。

でもだからこそ、それに相応しい自分になるために、
読む価値があるんじゃないかなぁ、と僕は思います。

これが嫌なら、何度も失敗して、失敗から学ぶというのが
一番ベタな方法です。

告白で言えば、何度も振られていれば、振られるパターンが
見えてきて、そのうちそのパターンを避けられるようになる、
という感じでしょうか。

どっちもキツイことには変わりありませんけどね(笑)

解像度を上げる方法は他にもあるっちゃありますが、
どれも大概だし、分かりやすいのは上の2つなので、
どっちかを選んでやればいいと思います。

 

自分から積極的に精読でキツイ思いをするのか、
それとも消極的に失敗でキツイ思いをするのか。

結局どっちもキツイです(笑)

お好きな方をお選びください(笑)

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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