「芸術のことはよく分からない」

ブログに芸術に関する記事を書いていることもあってか、
僕はたまに読者の方からこういうことを言われます。

これは彼らなりの「分かってみたい」という希望なのだと
僕は捉えていますが、その希望に対して、僕はこれまで
「こうすれば分かるようになるよ」という具体的な道を
示すことができませんでした。

ある人には「哲学を学んでいれば分かるようになる」と
言った記憶がありますが、それも間違いではないとは言え、
納得のいく答えには程遠いと言わざるを得ません。

なぜ哲学を学ぶと芸術が分かるようになるのか。

その理屈が抜け落ちているからです。

ご存知のように、芸術の価値や素晴らしさは言葉では
説明できません。

無理やり言葉で説明しようとしている評論はたくさん
ありますが、それらはどれも野暮ったく、言葉にすれば
するほど胡散臭い言葉が並ぶことになります。

だからこれまで僕も芸術を(言葉で)理解してもらうことは
諦めていました。

しかし最近、僕はあることに気が付きました。

それは、直接僕があーだこーだ言って芸術を分かって
もらうことはできなくても、芸術を捉える感性を磨いて
もらうことによって、間接的に芸術を分かってもらうことは
可能なのではないかということです。

つまり、感性の磨き方を教えることで、「芸術が分かる人」に
なってもらうことはできるということに気が付いたのです。

 

感性は主に2つのことを意識することで鍛えることができます。

その2つとは

1.比較
2.丁寧さ

です。

比較は感性の幅、丁寧さは感性の深さだと思ってもらえば、
分かりやすいかもしれません。

比較が欠けても、丁寧さが欠けても、感性は粗雑なものに
なります。

今から1つずつ説明していきますので、どちらもしっかりと
意識していくようにしましょう。

 

まずは比較についてです。

人は差異にしか反応できない、というのは有名な話ですが、
これは感性でも同じで、われわれはいいものと悪いものを
比較することではじめて、いいものがどれぐらいいいもの
なのかが分かります。

僕がこれを強く実感したのは、米の味の違いを知ったときです。

それまで家で食べている米が美味しいなんて思ったことが
なかったのに、某牛丼チェーン店で不味い米を食わされて
普段食べている米がどれだけ美味しいかを実感しました(笑)

米の味ってこんなに違うのか、と。

そのときにはじめて僕は家の米の有り難さを知ったワケです。

この話はそのまま芸術にも当てはまります。

われわれが美術館で見る作品というのは、おおよそどれもが
一級品です。

ピカソやムンク、モネ、ルノワール、ゴッホなどなど、
有名な作品はどれも比べようのないものばかりですから、
それしか見たことのない人は、家の美味しい米しか食べたことが
なかった僕のように、それらの凄さが分からないのです。

しかし、画廊や県展(県が公募作品を集めて展示する展覧会)で
展示されている、素人に毛が生えた程度の作品群を見れば、
誰でもゴッホやピカソの凄さが実感できるようになります。

何がどう凄いのかということは分からなくても、あの作品より
この作品の方が優れているという判断は誰にでもできる。

つまり、比較する対象を増やすこと、松竹梅ジャンルを問わず
あらゆるレベルのものに触れることが感性を磨く第一歩なのです。

 

続いて丁寧さ。

丁寧さは、今言った「何がどう凄いのか」が分かるように
なるために必要なものです。

AとBを比べて、Aの方が凄いということは分かった。

じゃあ一体AはBに比べて何がどう凄いのか。

これが分かるようになるには、何度も何度もAとBを細かく
比べてみるしかありません。

米の味であれば、何度も何度も食べ比べて、米の甘さや食感、
風味、水分量などを調べていくという感じになります。

絵ならば、絵具の質感や全体のバランス、使われている技法、
時代性などを見ていく。

丁寧さとは言い換えれば、より具体的な比較に必要なものです。

今までは「米」や「絵」というザックリした単位でしか比較して
いなかったものも、「米の甘さ」や「絵の色使い」で比較して
いくことによって、より深い次元の感性が磨かれます。

対象を丁寧に見るからこそ、より精密に「何がどう凄いか」まで
比較して知ることができるのです。

 

以上の2つ

1.比較
2.丁寧さ

を普段から意識して生活してもらえれば、われわれの感性は
自然と磨かれていきます。

ただ誤解しないでほしいのは、ここで言う感性は別に芸術に
対する感性に限定しているワケではないということです。

今はたまたま芸術のことがメインになっているだけで、
ここで言っている感性とは、われわれが知っている
最も広い意味での感性を意味します。

だから例えばファッションセンスも、この方法で磨いて
いくことが可能です。

ショボイ服からエレガントな服まで一通り着てみれば
それらの違いは分かるし、それらの組み合わせの良し悪しを
丁寧に見ていけば、コーディネートのセンスも磨かれる。

すなわち、応用の幅は無限大なのです。

 

感性を磨けば、日常に対して感じることも変化します。

今まで凄いと思わなかったものも凄いと思えるようになり、
今まで美味しいと思わなかったものも美味しいと思える
ようになる。

凄さを感じたければ、ショボイものや凄いものにたくさん
触れてください。

美味しさを感じたければ、美味しいものから不味いものまで
いろんなものを食べてください。

それだけで僕らの感性は磨かれていきます。

好き嫌いをしないこと。

未体験ゾーンに足を踏み入れ続けること。

これこそが感性を磨く道です。

こういう当たり前のことを、当たり前にやっていって
くださいね。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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