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問題が具体化された次は(その問題が正しいか否かに関係なく)
どうやってその問題を解決するか、という段階に入ります。

またショートストーリーから始めましょう。

 

友香「あ、そうそう、あたしダイエットしようと思ってるんだぁ」

明日香「えー!?」

健太「お前デブだもんな」

友香「デブっていうな!」

明日香「私は今のままで十分可愛いと思うけどなー」

友香「そんなことないよ、ほら、二の腕だってこんなに
プルプルしてるし」

健太「お前の二の腕見てると腹減ってくるわ」

友香「うるさい!」

友香「ねぇ明日香ー、なんかいいダイエット知らない?」

明日香「うーん、最近流行ってるのは牛乳ダイエットって
やつだけど・・・」

友香「牛乳ダイエットって?」

明日香「毎日牛乳を1リットル飲む、っていうダイエットだよ」

健太「小学生じゃないんだから、そんなに飲んだら逆に太るだろ」

明日香「でもモデルさん達がみんなやってるって雑誌に書いて
あったんだよね」

友香「あたし、それやる!」

健太「どうせ簡単そうだからだろ」

友香「当然でしょ!」

健太「開き直りやがった・・・」

友香「あ、オーダーいいですか?」

店員「はい、どうぞ」

友香「ミルク3杯」

健太「早速かよ」

明日香「でも友香、牛乳は一気に飲むんじゃないんだよ?」

友香「えー!?」

健太「わかるだろ、それぐらい」

明日香「それに乳製品じゃなくてちゃんとした生乳じゃないと
効果がないって言ってたし、私はそもそも牛乳じゃ痩せないと
思うよ」

友香「でもモデルがやってるんでしょ?」

明日香「モデルさんと私たちの生活って全然違うし、
多分モデルさんはそれ以外にも色々やってるから痩せるだけ
なんじゃないかな」

健太「ほら、今スマホで調べたら納豆ダイエットってのが
出てきたぞ」

友香「それ効果ないやつでしょ」

健太「ちっ、バレたか」

明日香「ダイエットって結局、自分で食事と運動と睡眠の
バランスを考えてやるしかないと思うんだよね」

友香「分かってるけど、それが面倒なんじゃん」

健太「だったらお前は一生誰かのカモにされてろ」

健太「なんちゃらダイエットなんて、どれも金儲けのために
作られたもんに決まってるだろ」

友香「そんなのわかんないじゃん!」

健太「わかるよ!」

明日香「まあまあ」

明日香「でも最終的に自分で考えるっていうのが一番無難で、
何より納得できるんじゃないかな」

明日香「誰かの方法を試して上手くいかなかったら、その方法を
恨んで終わっちゃうだけだと思うし」

友香「えー、あたしダイエットなんて考えられないよぉ」

明日香「どうするかは友香次第だけどね」

 

われわれが問題を解決するためにできることは

1.教えてもらう
2.調べる
3.考える

の3つです。

どうすれば痩せられるのかをダイエットの専門家に教えてもらう、
ダイエット法をネットや本で調べる、自分でダイエット法を
考える。

そんな感じでしょうか。

1から順に難易度は上がっていきますが、問題が解決できるなら
別にどれでも構いません。

ただここで大きな問題が2つ発生します。

1.解決策(方法)が間違っているかもしれない
2.実践の仕方が間違っているかもしれない

という問題です。

友香は牛乳ダイエットを疑わず、しかも誤った仕方で
誤った牛乳(乳製品)を飲もうとしました。

健太は「牛乳を1リットル飲む」と聞いたときに、すかさず
「小学生じゃないんだから、そんなに飲んだら逆に太るだろ」
というツッコミを入れています。

サラッと書いてますが、このツッコミは凄く重要で、
ほとんどの人は健太が感じたような違和感を感じません。

ちょっと前にあった朝バナナダイエットみたいなのを
盲信しちゃうのは、その典型ですね。

バナナなんて糖分が多いのは誰だって知ってるワケですから、
「そんなの食ったら逆に太るだろ!」ってツッコミを入れる
べきなのに、多くの人は朝バナナダイエットに何の違和感も
感じることなく、バナナの売り切れが続出したワケです。

これが、解決策(方法)が間違っているかもしれない、
という問題です。

 

実践の仕方が間違っているかもしれないというのは、
友香の場合で言えば「牛乳を1リットル飲む」と聞いただけで
分かったつもりになり、明日香に注意されるまで
牛乳(乳製品)をがぶ飲みしようとしいた(実践している
つもりになっていた)ということです。

この例は極端にしてありますが、こういうことは本当に
よくありますし、方法が間違っていることよりも
実践できているつもりになっていることの方がかなり多いです。

もちろん僕もありますし、これは誰でも経験しています。

僕はラジオ局で働いていたときに、先輩から「このCD、
適当に(トラブル)検証しといて」と言われて、本当に
「テキトー」にやったら、めちゃくちゃ怒られたことが
あります(笑)

僕は先輩の「適当」という言葉を分かったつもりになって、
それを実践しているつもりで「テキトー」にやっていた、
ということです。

今でこそ笑い話ですが、しょーもないミスばっかり
繰り返していた当時は、ぜんぜん気付かなかったんですよ。

仕事のデキない人、人間関係が劣悪な人、ミスの多い人、
成長しない(できない)人は往々にしてこの「つもり地獄」に
ハマっています。

なんでもかんでも分かったつもりになって、自分で自分の首を
絞め続けている。

友香も明日香がいなかったら、そうなっていたでしょう。

だからこそ明日香のように的確にアドバイスをしてくれる
専門家やコンサルや占い師といったその道のプロの存在が
重要になってくるワケです。

 

とはいえ、ずっと明日香も友香にべったりというワケには
いきませんから、遅かれ早かれ友香も自分で気付けるようになる
必要はあります。

そんなワケで、次回は方法や実践の仕方が間違っていることに
気付くにはどうすればいいのか、という話から始めることに
しましょう。

ありがとうございました。

 

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今回は問題を具体的に把握する際の注意点です。

これもまた前回の続きでショートストーリーにしてみましょう。

 

友香「あんた男なんだから、シャキッとしなさいよ」

健太「しょーがないだろ、自分でも『ついていける』が
なんなのかよく分からないんだから」

明日香「要するに健太は、自分の問題を把握できたいた
『つもり』になってたのね」

健太「そんなことは」

友香「そこは素直に認めなさいよ、男でしょ!」

健太「さっきから男男うるせーよ」

明日香「でも『つもり』だったんでしょ?」

健太「・・・あぁ、そうだよ」

友香「あんたこれからどうすんのよ」

健太「それを相談してるんだろが!」

明日香「『つもり』が自覚できたんだから、その『つもり』を
解消するのが今からやるべきことじゃないかな」

健太「どうやって?」

明日香「うーん、それはやっぱり、なんで政治の話に
ついていけるようになりたいのかを考えることだと思うよ」

明日香「そこが固まってないから『ついていける』って言葉が
曖昧になってたんだと思うし」

友香「明日香すごーい!」

明日香「えへへ、そんなことないよ」

健太「そうかぁ」

友香「で、健太はなんで政治の話についていけるように
なりたいのよ」

健太「そりゃ上司と会話が」

明日香「じゃあなんで政治の話じゃないとダメなの?
別に他の話でも会話が成り立てば問題ないんじゃないの?」

健太「そう言われれば・・・たしかに」

明日香「なんか私は健太が上司の目ばっかり気にしてるように
見えるんだけど」

友香「ホントホント、ちっとも男らしくない」

健太「・・・はぁ」

友香「あれ?うるせーよ!って言わないの?」

健太「いや、今自覚したんだよ、俺は政治に興味も関心もないのに
上司に気に入られるために無理に政治の話についていこうとしてた
だけだ、って」

明日香「キツイことを言うようだけど、私もそうだと思う」

明日香「でもそれが分かったなら、もういちいち上司の話に
ついていく必要がないんだから、問題は解決したんじゃない?」

健太「そうだな」

健太「俺は自分で勝手に問題を作って、勝手に悩んでただけだ、
ってことか」

友香「バカだから仕方ないね」

健太「お前には言われたくねーよ」

 

健太の例で分かるとおり、われわれが一番陥りがちなのは、
問題を把握した「つもり」ってヤツです。

この「つもり」を見つけるために有効なのは、
僕が知るかぎり「なぜ?」と問う方法しかありません。

なぜ政治の話についていけるようになりたいのか。

それを問うということです。

これを真剣に突き詰めていくと、途中で「あれ?」と
思うことが出てきます(現実はここで話しているほど
都合よくは出てこないけど)。

自分は周りの目ばかり気にして、政治に関心がないにも
かかわらず政治のことを無理矢理学ぼうとしていたんじゃ
ないか、と。

すると、理想として挙げていた「政治の話についていける」
ということ自体が、実は理想ではなかった、ということに
気付くワケです。

それはただ周りの目を気にして、自分が勝手に作り上げた
架空の理想であって、本当は政治のことなんてぜんぜん
どうでもよかったんだ、と。

そうやって当初の理想や問いが誤りだったことに気付ける
ということです。

 

ここまで話しておきながらアレなんですが、こんな面倒なことは
必要に迫られない限り誰もやらないと思います。

もう一度言いましょう。

「必要に迫られない限り」誰もこんなことはやらない。

明日香のような優秀なコンサルが周りにいれば話は別ですが、
普通は誰もあんな的確な指摘はできませんから、「つもり」を
「つもり」だと自覚しないまま問題を解決しようとすることに
なります。

いちいち「なぜ政治の話についていけなきゃダメなのか?」
なんて考える人はほぼいないし、そういう発想もありません。

われわれが「なぜ?」を考えるのは、何かが行き詰って、
そう問わざるを得なくなってからです。

健太の場合であれば、上司と会話は成り立つようになったけど
ぜんぜん楽しくないとか、どんだけ新聞を読んでもその内容が
身になっている感じがしないとか、そういう状況になってから
「なぜ?」と問うことになります。

表面上の問題は解決してるけど、本質的なところはポカンと
穴が空いている。

こういう違和感に自分で気付ければまだ救いようも
あるんですが、現実はやっぱりそんなに甘いものではなく、
大半の人はそれで上手くいっていると思い込んでドツボに
ハマっていくワケです。

 

行き詰るというのは、これまで解決すべきだと思っていた問題が
本当の問題ではなかった(ことに気付く)ということです。

「こんなに頑張ってるのに、なんでダメなんだ!」

こういう行き詰まりを経験する前に問いの誤りに気付くことは、
理屈上は可能ですが、現実には難しいと思います。

だってはじめる前から、この問いは本当に正しい問いなのか?
なんて考えるのは面倒臭いし、結局その道を進んでみないと
何が正しいかなんて分からないんだから。

経験を積めば「つもり」を回避できる精度は上がりますが、
それでもやっぱり難しいことには変わりありません。

要するに、最初は把握した問題が間違っていることを覚悟の上で、
その問題を解決するためにがんばってみるしかないのです。

そしてどこかで行き詰ったら、われわれは意識するまでもなく
「なぜ?」と考えることになります。

そうやってわれわれは一歩ずつ進んでいくことしか
できないのです。

 

自分が今把握できた問題は、叩き台のようなものだと思って
おきましょう。

その問題は99%間違い(未熟)です。

でもその間違いは避けてはいけない、それを踏まえなければ
本当の問題にはたどり着けない、必要な間違いなのです。

仮に間違いじゃなかったとしたら、その人はそれ以前に
必要なだけの間違いを既に経験してきたのだと思います。

たまに「起業後半年で1億円稼いだ」みたいな人がいますが、
彼らは大体そういう人です。

われわれには見えないだけで、彼らも間違う道をちゃんと(?)
通っています。

彼らをうらやむのは、それこそ間違いだと言えるでしょう。

 

大事なのは、正解だろうが間違いだろうが、行き詰まりを
感じるところまで突き進む、限界を感じるまで集中して
行動するということです。

「それができないから困ってるんじゃないか!」というのも
ちゃんと分かっていますので、その辺のこともあとの記事で
話します。

ただ今は、把握できた(つもりの)問題の解決策を見つけ、
それをとことん実践することが、「つもり」から自力で
脱するための唯一の道だということを理解しておいてください。

次回は、解決策を見つけるには何をすればいいのか、
どういう点に注意して解決策を実践すればその努力は
報われるのか、という話をしていきます。

今回の記事もサラッと読み流しちゃダメですよ。

ありがとうございました。

 

 

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今回は「何をすれば問題を具体的に把握できるのか」を
お話しします。

やることは至極単純です。

1.自分の理想を具体化する
2.自分の現状がその理想とどれぐらい離れているかを知る
3.理想と現実の隔たり(問題)が明確になる

たったこれだけ。

たったこれだけなんだけど、これがまた難しいんですよねー。

なぜ難しいのかは、この過程を何度も踏んできた人であれば
容易に分かると思います。

その辺のことは実際にやってみて、その問題を「必死に」
解決しようとしてみれば分かることですので、自分でやって
実感してみてください。

それではまずちょっとしたお話から始めます。

 

明日香「はぁーあ・・・」

友香「どうしたのよ、ため息なんかついて」

健太「なんか嫌なことでもあったのか?」

明日香「このタコワサ美味しいなー、って思って」

健太「そんなことかよ!」

友香「ホントに?なんか別のことで悩んでるんじゃないの?」

明日香「うーん、実はね、後輩が仕事をもたもたやってるのを
見てると、すぐにイライラして怒っちゃうんだよね・・・」

友香「わかるわかる!それ私もだよ!」

友香「前日に教えたことができてないとイラッてするし、
このクソガキ!って思うよ」

健太「クソガキは言い過ぎだろ」

明日香「そうそう、後輩は慣れてないんだから仕事が遅くて
当たり前なのに、つい自分を基準に考えちゃうっていうか、
後輩を見守ってあげられるほど心の余裕がないんだよね」

健太「心の余裕ねぇ・・・」

健太「でもそうやってちゃんと『今の自分には心の余裕がない』
ってことが分かってて、『心の余裕を持てるようになりたい』
ってことが分かってるなら問題は明確なんだから、
そういう方法を教えてくれる本とか読めばいいじゃん」

明日香「それもそうなんだけど、このことを自覚してから、
今まで何とも思わなかった先輩の私たちに対する言葉や行動が
よく目につくようになったんだよね」

明日香「先輩は私たちの気付かないところで凄いことをサラッと
やってたんだなー、って」

友香「あ、それ知ってる!妊娠すると街に妊婦さんが溢れる、
ってヤツだよね」

明日香「それそれ!」

明日香「今までぜんぜん何も見えてなかったんだなー、
って思うよ」

健太「実は俺もさぁ、上司がやたら政治に関心のある人で、
その話についていけなくて困ってるんだよね」

友香「そんなのガン無視すればいいじゃん」

健太「お前、完全に他人事だろ」

友香「てへっ、バレた?」

健太「てへっ、じゃねーよ」

健太「上司の話を無視できたら誰も苦労しねーっつうの」

明日香「健太の理想は『政治の話についていけること』なの?」

健太「うーん、まあ、そうかな」

明日香「でも『ついていける』ってどういうこと?」

健太「どういうことって、そのまんまだよ」

明日香「その上司と政治の話で会話が成り立つ、ってこと?」

健太「そうそう」

明日香「だったらその上司がよく見てる新聞とかホームページを
教えてもらって、それを見てればいいんじゃないの?」

健太「でもそれだと上辺だけになるだろ?」

友香「あんた今、会話が成り立てばいい、って言ったじゃない」

健太「そうなんだけどさぁ・・・それもなんか違うかなーって
思い始めたんだよ」

友香「じゃああんたはどうなりたいのよ」

健太「うーん・・・」

 

上記の話では、明日香の理想は「心の余裕がある」で、
現状は「心に余裕がない」ということが分かります。

この2つが分かれば解決すべき問題が「心の余裕を
いかにして手に入れるか」であることも分かりますね。

一方で、健太の理想は「政治の話についていける」で、
現状が「政治の話についていけない」でした。

ということは、問題は単純に「どうやったら政治の話に
ついていけるのか」になるワケですが、ここで気をつけるべきは
「どうやったら政治の話についていけるのか」という問い自体が
曖昧だということです。

そもそもどういう状態を「ついていける」と呼ぶのかを自分で
具体的に定義しておかないと、どこに向かって進めばいいのか
分かりません。

人に分かりやすく説明できるぐらい理解できていることを
「ついていける」と呼ぶのか、会話が普通に成り立つことを
「ついていける」と呼ぶのかでまったく問題が変わってくる
ワケです。

理想が前者であれば問題は「どうやったら政治の本質を
学べるのか」になるでしょうし、後者であれば
「どのメディアのどういう情報を見ておけば政治の話に
ついていけるのか」ということになるでしょう。

ここを明確にしないかぎり健太にはどういう情報が自分に
必要なのかが分からないワケですから、彼には何も
解決できないし、どんな素晴らしい記事を読んでも何も
吸収できない(何を吸収すべきか分からない)のです。

 

明日香のように問題が明確になると、みんなにはまったく
見えていないお宝を、自分だけが拾える快感や優越感、
そしてそれを拾うことによる成長が得られるようになります。

僕は最近コピーライティングをイチから復習してるんですが、
そのお陰でこれまで何とも思わなかったブログのタイトルや
ビジネス本のタイトルを、今では宝の地図を見るかのように
ワクワクしながら見られるようになりました。

もし僕が「どういう言葉を使うと人の心は動くのか」とか
「この言葉にはどういう心理学的要素が含まれているのか」
という具体的な問題を把握できていなかったら、
本のタイトルをなんとなく眺めるだけで終わっていたと思うし、
実際今まではそうなっていました。

面白いタイトルだなぁ、ぐらいは思ったかもしれませんが、
それで終わりです。

僕の成長には何もつながらない。

僕の記事を半年以上読み続けているにもかかわらず
生活がほとんど変わっていない人は、多分そういう
穴のあいたバケツで水をすくうような状態になっています。

そのときだけ、面白い記事だなぁ、がんばんなきゃなぁ、
凡人のままじゃダメだなぁ、って思って終わり。

バケツに穴があいている(問題が把握できていない)から、
読んだ記事から何もすくい上げることができないし、
仮にすくい上げた「つもり」でも、すぐにその穴から記事の
内容がジョボジョボと抜け落ちていってしまうのです。

 

今までこういう話をしなくちゃいけないことに気付けなかったのは
本当に申し訳ないと思います。

そのせいでどれだけの人を「学んだつもり」にさせていたのかと
思うと、僕の責任は重大です。

しかし、僕の10年越しのパラダイムがこの度ようやく
シフトしたので、ここからはもっと結果に繋がる話ができると
思います。

しつこいかもしれませんが、そのためにもまずはここで話した

1.自分の理想を具体化する
2.自分の現状がその理想とどれぐらい離れているかを知る
3.理想と現実の隔たり(問題)が明確になる

を実践して、自分の問題を具体的に把握してください。

そして考えたことはちゃんとノートに書き残しておいてください。

ここは絶対にサボっちゃダメですよ。

次回は「もう凡人のままでいいや・・・」と思うほど絶望的な
話になるかもしれません。

覚悟しておいてくださいね。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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いきなりですが、まずはこのPDFを見てください。

『脱凡人マップ』

これは脱凡人とは何をなのかを僕なりに具体化したものです。

ざっと見てもらっただけでも、今まで僕が話してきたことが
このうちのどれかを伸ばすためだったということが分かって
もらえると思います。

これまでは脱凡人の定義が広すぎて理解し難い面があったかと
思いますが、僕は要するにこのPDFにある意志・理性・感覚を
総合的に鍛えることを「凡人から脱する」と呼んでいたワケです。

ただこの定義の広さゆえに、これまで明確な方向を示せて
いなかったのも事実です。

何から始めればいいのか分からない、どのように、何をやれば
いいのか分からない。

そうやって僕のメルマガをただ読み流していただけの人も
多かったんじゃないでしょうか。

もちろん自分なりに活かせている人はそれで構わないのですが、
前回の件で何人かの方からメールを頂いて、8割以上の人は
「何から始めてどのように進んで行くべきか」までを示さないと
ずっと受け身の人生で、つまり何も行動を起こせずに終わって
しまいそうだな、という印象を受けました。

 

そもそも僕のメルマガを読み流すだけで終わってしまう人、
受け身で終わってしまう人、内容を活かせない人というのは、
自分の問題を漠然としか把握できていない人たちです。

自分が今解決すべき問題が何なのかが具体的に見えていない。

だから僕が言った抽象的なことをその抽象度のまま
飲み込んでしまって、何もできずに終わるワケです。

例えば僕は「見えないものを見る力を身につけましょう」
みたいなことを何度も言ってきましたが、自分にとって
「見えないもの」が何かを一度でも考えたでしょうか?

自分が見るべき「見えないもの」が何か、具体的に把握できて
いるでしょうか?

僕の感覚だと、ほとんどの人はこの具体化をしないまま、
自分の問題とメルマガの内容を関連づけられないまま、
読み流すだけで終わっています。

これは、その人たちが考えるのをサボっているのではなく、
彼らが今抱えている問題を具体的に把握していないから
「考えられない(関連づけられない)」のです。

 

以前紹介した税理士事務所で働いている方がくれたメールを
覚えているでしょうか?

素晴らしいメールだったので、ちょっと長いですが、
もう一度載せておきましょう。

> 以前「見えないものを見る力」のレターの中で
>
> 1.問う力
> 2.根気
> 3.論理的思考力
> 4.関連づける力
>
> について、触れられていますが、やっぱりこれを地道に
> 毎日やっていくことなんですねー。
> 日々そうやって練習してないと、いざ問われたとき、
> 書けない。
>
> 僕の仕事なんかでも、決算書・試算表をじっと眺めて
> 見えているもの(貸借対照表、損益計算書の数字)から
> 見えないものを見て、相手に分かる言葉に変換して、
> 正しく伝えることが超重要になってきます。
>
> 問う力が無いと、正直具体的なことが何一つ言えません。
> 「売上げが減ってますねー。もっと頑張って売上げを
> 増やして下さい。」なんてことを言ってしまうことに
> なるわけです(笑)
>
> 仮に全く同じ数値であったとしても、業種とか規模、
> 季節変動、扱っている商品、新品か中古か、同族会社か、
> 社長の年齢とか…数年内に相続・事業承継があったかとか、
> 関連項目によって解釈って変わってくるんですよね。
>
> 根気と論理的思考力をもって色々と調べたり、
> 考えたりすることが必要です。
>
> そして仮に「見えるようになった見えないもの」が
> 全く同じだったとしても、相手や相手の置かれている
> 状況によって伝え方って違ってくる。
>
> となると、関連づける力も必要になってくるわけで。
> 杉野さんがずっとメルマガで言い続けてることって、
> 実生活の中で超重要じゃないかって思います。
>
> そこをちゃんとしてないと「この人何言ってるんだ?
> うちのこと分かってるのか?」ってなるし、
> そうなればまだ良いですけど、ならなければ
> 僕の言葉一つで 間違った方向へ向かわせる結果に
> なってしまうかもしれない。
>
> その辺りももっと考えていきたいと思います。

この方は自分の問題がハッキリしていて、自分が今何を
解決すべきかを把握しています。

だから「問う力」や「論理的思考力」といった抽象的な概念を
自分の仕事にまで具体化し、活かすことができるのです。

これは読書の注意点とよく似ています。

本を読むときは「その本から何を得たいかを考えてから読む」
というのが読書の基本ですが、僕のメルマガも「メルマガから
何を得たいのか」、「メルマガを読んで何を解決したいのか」を
明確にしてから読まないと意味がないのです。

 

僕に(僕を感心させるような)感想や意見を送ってくれる人
というのは、無意識かもしれないけれども、自分の中に
具体的な問題があって、その問題の解決に繋がる何かを
メルマガから引き出せたから「うわっ!」と思って送りたく
なったんだと思います。

バックナンバーで『情報の引き出し』の話をしましたよね?

問いがあるから情報の引き出しをあけられるんだ、って。

その問いというのは、自分が解決すべき具体的な問題のこと
なんですよ。

その問いが明確に把握できているから、必要な情報の入った
引き出しをあけて、そこからそのヒントや答えを得ることが
できるのです。

ですから、まずは引き出しの取っ手に当たる問いですね、
自分が今解決すべき具体的な問題を把握してください。

それが学びのスタートであり、成長のスタートです。

具体的に把握するというのは「何をすれば問題が解決するか
分かる程度に」という意味だと思ってもらえれば間違い
ありません。

もし自分が抱えている問題を具体的に言えず、
その問題を解決するために何が必要かも言えないなら、
これまでの僕のメルマガはほぼ活かせていないと思って
ください。

厳しいことを言うようですが、それは学んでいる「つもり」に
なっていただけで、まったく学べていなかったということです。

じゃあ何をすれば問題を具体化できるのか。

次回はその話からはじめようと思います。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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posted by                filed under メルマガ, 政治

無事というかなんというか、今回も選挙が終わりました。

以前僕が言っていた予想は大きくはずれて与党の大勝利に
なったワケですが、もう決まったものは今更何を言っても
仕方ありません。

憲法のことや原発のこと、特別措置法のこと、辺野古のこと、
アベノミクスのことなどなど、その辺のことはよくも悪くも
進められることになるでしょう。

ただわれわれが分かっておくべきなのは、今回の結果は別に
「最悪」ではないということです。

そもそも今の政治はその土台からしておかしなことに
なっているので、そこを変えないかぎりは誰がやっても
ほとんど変わりません。

おかしなことはたくさんあり過ぎるのでここでは割愛しますが、
この結果がわれわれに伝えているのは、またしても日本は
延命されることになったということだけです。

もし野党が過半数以上の議席をとっていたらアベノミクスは
停止させられ、日銀の黒田さんも恐らく追い出されることに
なっていたと思います。

しかし幸か不幸か、与党が過半数をとった。

これで日銀の金融政策は今後も続くことになり、その政策が
効果を保っていられる間は、日本経済は生き延びられることに
なったワケです。

 

ただご存知のように、もはや日銀のやっていることは
ほとんど効果をあげていません。

以前話したように日銀は「進んでも地獄、止まっても地獄」
という不治の病にかかっていますから、政権が続いても
そのうち死ぬことに変わりはないワケです。

少し前に三菱東京UFJ銀行がプライマリーディーラー
(通称PD)を返上したというニュースがありました。

通常、PDに選ばれた金融機関は国債の情報をいち早く
入手できたり、普通に買うよりも安く国債を買うことが
できるので、どこの金融機関も競ってPDになりたがる
ものなのですが、それをあのメガバンクが返上、つまり
「こんなのいらねーよ!」と言って捨てたワケです。

これが意味するのは、それだけ日本の経済政策の「旨み」が
なくなったということです。

これまで最も安全で最も確実に稼げる手段だった国債を
メガバンクが見限ったワケですから、アベノミクスだろうが
何だろうが、寿命はもうすぐそこまできています。

つまりわれわれがやるべきことは結局、寿命がくるまでに
自立できる準備を整えておくことしかないのです。

 

具体的に何をやればいいかは各々で違いますから、
一概には言えません。

運動した方がいい人もいれば、さっさと独立した方がいい人も
いるだろうし、ブログを書いた方がいい人もいれば、それよりも
先に頭を鍛えた方がいい人もいる。

しいて言うとすれば、地に足をつけましょう、ってことですかね。

理想だけをふわふわさせて頭の中や気分だけで終わらせずに、
ちゃんと目に見える形にしていきましょう、と。

運動だったら実際に動いて日記や記録をつける、独立だったら
ビジネスの戦略やプランやコンセプトをノートに書く、
ブログだったら記事を書く、頭を鍛えるんだったら学んだことや
その軌跡をノートに残す、って感じでしょうか。

頭の中でもやもや考えているだけで何の形にも残していない、
というのが一番ダメです。

いろいろ悩んだんだったら悩んだことを書き残しておく。

こう言っても多分やらない人が95%ぐらいだと思いますが、
もう言うべきことは言ったのであとはあなたの自発性や
主体性にお任せします。

 

今後の日本がどうなっていくのかは、アメリカや中国などの
動き次第で変わります。

ただ何が起こるにせよ、多分われわれにとっていいことは
起こりません(笑)

だからわれわれは日本が「どうなるか」を考えるんじゃなくて、
日本を「どうしたいのか」、自分をどうしたいのかを考えるべき
なんですよ。

要は「これから日本はどうなるのか」という問いそのものが
間違っているのです。

今後の日本でいいことが起こりそうもないことぐらいは
誰だって分かっているはずです。

だったら。

大事なのは自分がどうするか、自分がどうしたいか、でしょ。

しょーもない政治のことなんかで一喜一憂するのが一番無駄です。

そんな暇があるなら、自分のすべきことを見据えて、
それをしっかりやっていきましょう。

ありがとうございました。

 

posted by                filed under 感性

見てきました、ダリ展。

シュールレアリズムと言えばダリ、ダリと言えばシュールレアリズム。

ダリとはまさにそういう存在・・・だと勝手に思い込んでいたんですが、
行ってビックリ、その印象は完全にぶち壊されました。

個人的にはシュールレアリズムの作品よりも、ピカソに影響を受けて
描いたキュビズムもどきの絵画や、非常に抽象度の高いもやもやした
炎のような抽象画などの方が「いい!」と感じました。

いや、正確には、彼の作品はすべてが面白く、すべてが違った意味で
「よい作品」なのです。

 

シュールレアリズムの作品をじかに見て感じたのは、
とにかく魅力的である、ということです。

シュールなモチーフがイラスト的・デザイン的に表現されていて、
「これは家に飾りたいなー」と思わせるような作品になっています。

こういう表現が正しいかは分かりませんが、キャッチーなんですよ。

コピーライティングを絵画に応用するとあんな感じなるのかな、と。

見た瞬間に「素敵!」と思わせる何かがそこにはあります。

彼が超売れっ子だったことは有名ですが、この絵ならたしかに
いくらでも売れるわ、と思いました。

その意味で、売れることを第一に考えるならば、彼のシュールな
作品は「よい作品」だと言えるでしょう。

 

抽象画は抽象画でまた「よい絵画」です。

先程も言いましたが、僕は個人的にはこっちの方が好きです。

というのは、こっちの方が魂が込められている(ように感じる)
からです。

フランシス・ベーコンとは少し違った意味で実存的と言えば
多少は伝わるでしょうか。

何を根拠にそう感じるかを言葉で表現するのは難しいですが、
これは以前どこかで言った「動き」があるということだと
思ってください。

僕が見たかぎり、シュールレアリズムの作品にはまったく動きが
ありません。

パッと見はすごく素敵なんだけど、ずっと見ていたい作品では
なかった。

一方で抽象画の方は、パッと見は地味なんだけれども、
見れば見るほど動きが見え、味が出て、吸い込まれていきます。

この感覚、わかるでしょうか?

「静止画なのに動くワケないだろ!」とか突っ込んでしまう
脳みそだけで生きている人には絶対に分からないことですが、
動く絵はホントに動くんですよ。

それほど多くはなかったですが、ダリの作品の中にも
渦を巻くように動くものや鼓動を打つように動くものが
ありました。

本当はどの作品がそう見えたか作品名をメモっておいて、
それを見て確認してもらうのがいいんでしょうけど、
それはあくまでも僕の見方であり楽しみ方ですから、
そういう検証でせっかくの鑑賞を台無しにしないでほしいので、
そこは伏せておくことにします(作品名を覚えてない
だけだけど・笑)。

 

「上手い!」

これがダリの作品を僕なりに一言で言い表したものです(笑)

上手いことが絵画のすべてだとはまったく思いませんし、
何をもって上手いとするかも人それぞれだと思いますが、
やっぱり上手いに越したことはないよなー、とは思います。

彼のノウハウ本を読めばわかることですが、彼は絵画の技法に
やたらと詳しいですし、いろいろ自分なりの実験をしています。

その本には適切な昼寝の仕方とかも書いてありますからね(笑)
(ちなみに『私の50の秘伝』っていう本です)

一世を風靡し、アートの歴史に堂々と名を刻んだ彼とて、
やはり天才ではなかったのです。

ダリの作品が一度にたくさん見られる機会はそう多くはないと
思いますので、もしお時間に余裕があれば行ってみるといいと
思います。

彼の絵なら、絵画を好きになるキッカケになるかもしれませんしね。

それでは。

posted by                filed under ビジネス, メルマガ, 社会

今回は最強の組織(主に会社)を作る方法をお話しします。

まずは定義の確認から。

最強の組織とは、意志決定が素早く的確で、結果を出せる
組織のことです。

そういう組織を作るには

1.少数精鋭であること
2.優れたリーダーがいること

の2つの条件を満たす必要があります(が、逆に言えば
たったこれだけで最強の組織が作れてしまいます)。

まず少数精鋭であることの利点は、社内における情報格差が
ほぼゼロになることと、個々の意見が部署の考え方などに
影響されずに言えることです。

人数が増えるとどうしても、Aさんは知ってるけど
Bさんは知らない、といった情報格差が広がっていきますが、
3人から5人程度の会社であれば、各人の情報格差が
会社の命取りになるので、自然と情報共有は密になるし、
早急に共有されます。

3人しかいない会社で、Aさんしか知らないことが
山ほどあったりしたら、シャレにならないですからね。

また人数の多い会社では総務や営業などの部署があるのが
普通ですが、部署ができてしまうと個人の意見ではなく、
「総務部としての意見」や「営業としての意見」に意見が
偏ってしまいかちです。

自分は個人的にAをした方がいいとは思ってるんだけど、
総務部全体の利益を考えるとBと言っておいた方がいい、
みたいなことが起こるようになるワケです。

そうなると、社員の多くが自分にウソをつくことになり、
それが積もり積もって・・・。

さらに派閥なんかができちゃうと、派閥の意見にも
従いながら働かないといけなくなるので、多くの人は
会社のための意見を言うのではなく、保身のための意見を
言うようになっていきます。

そうやって組織は内部崩壊していくワケです。

 

実は今言ったことは200年以上前にルソーが指摘しています。

彼の言葉を『社会契約論』から引用してみましょう。

「人民が十分に情報をもって審議するとき、もし市民がお互いに
意志を少しも伝え合わないなら(徒党を組むことがなければ)、
わずかの相違がたくさん集まって、つねに一般意志が結果し、
その決議は良いものであるだろう」

ほら、

(1).人民が十分に情報をもっていること
(2).徒党を組まないこと

っていう条件がちゃんと出てきてるでしょ?

彼の場合は国という巨大組織(集団)の運営を考えていましたが、
大きかろうが小さかろうが必要なことは同じなのです。

ただ上で言ったように、大きな組織でこの2つの条件を
満たすというのは非現実的だと思います。

だって考えてみてください。

社員が千人いる会社で部署を作らないとか、情報共有を
完璧にするとか無理でしょ、どう考えても。

そんだけいれば派閥だってきっと自然に出来ちゃうでしょうし、
情報の格差も開いてしまうと思います。

彼の言っている条件を満たそうとすると、どうしても少人数に
せざるを得ないのです。

 

ただ少人数にしたからと言って、そこで行われた意志決定が
必ずしも結果に結びつくとは限りません。

社員全員が「企画Aをやろう!」と一丸となったとしても、
企画Aが当たらなければその会社はヤバイことになります。

つまり、当たり前ですが、その決定が会社の実績に、
社員の幸福に繋がっているのかどうかをちゃんと判断できる
優れたリーダーが必要なのです。

優れたリーダーになるために何をどうすればいいのかは
これまで散々語ってきているので割愛しますが、参考までに
ルソーが何と言っているかを見ておきましょう。

ルソーはこんなことを言っています。

「諸々の国民に適する、社会についての最上の規則を
見つけるためには、優れた知性が必要である。その知性は、
人間のすべての情熱をよく知っていて、しかもそのいずれにも
動かされず、われわれの性質を知り抜いていながら、
それと何らつながりを持たず、みずからの幸福がわれわれから
独立したものでありながら、それにもかかわらず、われわれの
幸福のために喜んで心をくだき、最後の時代の進歩のかなたに
栄光を用意しながらも、ひとつの世紀において働き、
後の世紀において楽しむことができる、そういう知性で
なければなるまい。人々に法を与えるには、神々が必要である」

まあ要するにリーダー(彼の場合は立法者ですが)は
神のように完璧じゃないといけない、ってことです(笑)

 

そんなワケで、もし最強の組織を作りたいなら

1.少数精鋭であること
 (1).人民が十分に情報をもっていること
 (2).徒党を組まないこと
2.優れたリーダーがいること

の2つの条件を頑張って満たしましょう、ってことでした。

ちなみに大きめの会社に属している場合は、(1)と(2)の
視点で職場を眺めてみると面白いと思います。

会社が上手くいってないとすれば2以前に多分(1)(2)が
問題だと思いますので。

あ、2のリーダーがいないから(1)(2)に気付かないのか。

まあどっちでもいいや(笑)

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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