ども、ペスです。

昨日に引き続き、またまた変なPDFを作りました。

『平凡な非凡』という物語です。

PDFはこちらからダウンロードできます。

PDFが見れない方のために、このブログにも直接張っておきます。

ちょっと長いですが、気長に読んでくださいな。

 

【平凡な非凡】

これは、ある平凡な男性が、非凡になるまでの、小さな物語です。

僕は5年ほど前、システムエンジニアの仕事をしていた。当時僕が出向していたのは携帯電話を作っている大手メーカーの下請けの下請けの、そのまた下請けの会社。そこで僕は携帯ゲームのアプリを作っていた。そのときの僕の日常はハードなものだった。朝5時に起きて10分で朝食をとり、15分で準備を済ませて駆け足で駅へ向かう。5時半の電車に乗り、2時間半かけて都心の出向先に到着。そこから1時間ほど当日の仕事の流れを確認する。正式な勤務は朝9時からだったが、そんな時間はあってないようなものだ。友人からは何度も「都心に住めばもっと楽になるのに」と言われたが、僕は都心に住む気はなかった。あんなところは人間が住む場所じゃない。その考えだけは譲れなかった。

8時50分頃になると、出向会社の社員がぞろぞろと会社に集まり始める。みんな見た目はそれなりにちゃんとしているが、中味はポンコツばかりだ。彼らはこっちの大変さも知らないで「このフォントじゃ見にくいから、もうちょっと大きくできないの?」なんてことをサラッと言ってくる。一度でいいから自分でやってみろ。何度そう言いかけたか分からない。「プログラムを途中で変更することは大変手間のかかることなので、必要なことは最初に言っておいてください」と念を押しておいたのにもかかわらず、これなのだ。否が応でも彼らの無能さは伝わってくる。それだけならまだしも、親会社やメーカーからはもっとエグイ注文が頻繁に入る。今のアプリだって彼らの注文で何度最初から作り直したか分からない。出口のない迷路とはまさにこのことだ。そんな多忙な僕に昼休みなどあるはずもなく、その頃の僕はいつもコンビニのおにぎりをくわえながらパソコンに向かっていた。

夜も9時を超えると、会社には僕以外に誰も残っていなかった。それでも僕は黙々と作業を進めた。終電で帰るのなんて僕にとっては普通のことだった。終電に乗り遅れたときは無理を言って都心に住んでいる友人の家に泊めてもらったり、カプセルホテルに泊まったりもした。そして次の日も、また次の日もこれの繰り返し。何度も辞めようと思った。何度も何度も「こんな仕事やめてやる!」って思ったんだ。だけど、このときの僕には辞めることができなかった。その理由は今ならよく分かる。

恐かったんだ、自由になるのが。

思い返してみれば、僕は学生のときからそうだった。小学校の昼休み。何をして遊ぶのかを決めるのはいつも周りだった。みんなとサッカーやキックベースをして遊ぶのは楽しかったけど、自分から提案したことは一度もない。中学のときも、僕は友達に誘われてバスケ部に入った。もちろん嫌々入ったワケじゃないけど、自分から進んで入ったワケでもない。特にやりたいことがないから入った、というのが正直なところだ。そういえば、高校で初めて彼女ができたときも、告白してきたのは相手の方だった。本当は別に好きな子がいたけど、告白する勇気が持てなかった僕は、妥協してその子と付き合った。その結果どうなったかはご想像の通りである。僕は決して頭が良い方ではなかったが、なんとか大学にも入れた。ただ、僕が大学に入った動機は相変わらず「大学は出ておけ」と親がうるさかったから、だった。

大学2回生のとき、僕は当時入っていたテニスサークルの先輩を好きになる。体系は小柄で性格は姉御肌。その可愛らしさと男気のギャップのお陰か、彼女はサークルの人気者だった。彼女は誰にでも優しかったが、特に僕には優しくしてくれいるような気がした。それが僕の勘違いだったのかどうかは後から判明するのだが、それはともかく、僕は彼女を好きになってしまったのだ。以前の僕なら、ここで何もしなかったと思う。しかし僕には高校の頃の苦い思い出がある。あんな妥協はもうしたくない。その後悔の気持ちが僕を告白へと駆り立てた。

ある日の夜、僕は先輩を大学の近くの公園に呼び出した。周りには犬の散歩をしている人が1人いるだけで、他にはだれもいない。絶好のシチュエーションである。ベタなトレンディードラマのように先輩と2人でブランコに乗る。このときの僕の心臓は文字通り破裂しそうだった。普段は気にもしない心臓の鼓動が、これ以上ないほどに僕の体に響きわたる。先輩と何でもない会話をしながらも、いつ告白の言葉を言うべきか、ずっと僕はタイミングをうかがっていた。そしてそのタイミングは訪れた。先輩がそろそろ帰ると言い出したのだ。その言葉を聞いた僕はすかさず、意を決して告白した。10秒ほどの沈黙が流れる。結果は、惨敗だった。

先輩の卒業式のときに本人から聞いた話によると、先輩にはそのとき別に好きな人がいたそうだ。僕にもそれなりに好意を持っていたらしいが、彼女は

「恋愛に妥協は許されない」

と言い切った。それに引き換え、高校生の頃の僕と言ったら・・・。僕よりも先輩の方がよほど男らしいではないか。それから社会人になるまで、僕に彼女ができることはなかった。

大学3回生の中盤をむかえ、僕もいよいよ就活を始めることになった。リクルートスーツをビシッと身にまとい、周りと足並みを揃えて就職説明会へと向かう。会場の広さと雰囲気に圧倒されつつも、まずは手当たり次第、有名企業のブースを回ることにした。キャノン、シャープ、富士通、NECなどなど、目立つところには見慣れた企業がずらりと並んでいる。しかし、有名企業のブースはほとんど満席で、どこもまともに話を聞ける状態ではない。仕方なく会場の隅にある中小企業のブースに足を向ける。そこには見たことも聞いたこともない企業が軒を連ねていた。こんな企業の説明を聞いて意味があるんだろうか・・・。そう思いながらも、一応それらのブースも回ってみたが、やはり僕にはシックリこなかった。

やがて履歴書を書く段階になり、僕はとにかく有名企業に履歴書を送りまくった。志望動機をでっち上げ、必要とあらば大学での活動を盛ったりもした。バカだった僕は、それぐらいしてでも有名企業に入りたかったのだ。しかし有名企業の人事担当者ともなれば、それぐらいのことはお見通しである。人を見るプロである彼らに、学生が考える程度のまやかしが通用するはずもない。結局、僕が面接を受けられたのは、30社中たったの1社。その会社でも当然のように面接で落とされた。そうして僕はようやく中小企業に目を向け始めるのである。

今まで先輩への告白以外に自分から行動を起こした経験のなかった僕は、何を基準に企業を選べばいいのかがまったく分からなかった。周りの人間は「興味のある業界を受けなよ」とアドバイスしてくれたが、それがブラック企業だったらどうするんだよ、と心の中でいつも反発していた。当時の僕には、有名企業以外はすべてブラック企業に見えていたのだ。そんなことを考えている間にも、時間はどんどん過ぎていく。4回生のゴールデンウィークを過ぎた頃には、周りの人間の半分ぐらいは内定を決めていた。これだけ不景気でも受かるヤツは受かる。さすがにヤバイと考え始めた僕は、以前から少しだけ興味のあったSE業界の先輩を訪問してみることにした。そこで僕のSEへのイメージは大きく変わることになる。先輩の話は僕がイメージしていたものとはまったく違う、明るいものだったのだ。

今になって思えば、これが不幸の始まりでもあり、幸福の始まりでもあった。この話を聞いていなければ、僕がSEであんな過酷な日々を送ることはなかっただろうし、今のようになることもなかったと思う。塞翁が馬とは、よく言ったものだ。

先輩の話を聞いて勢いづいた僕は、それからSEの会社を受けまくった。プログラミングの知識はほとんど無いに等しかったけれど、それでもいいと言ってくれる会社はたくさんあったし、どこも「入ってから勉強すればいいよ」と言ってくれた。なんだ、良い人ばっかりじゃないか、この業界。いろんな会社を受ければ受けるほど、僕はこの業界に好感を持つようになっていった。

そして遂に運命の時が訪れる。ある小さなSEの会社から内定が出たのだ。季節はもう秋になっていた。僕はすぐにこのことを親に報告した。この報告を聞いた両親はすごく安心したようだった。それから無事に大学を卒業して、束の間の卒業旅行から帰ってくるまでは良かった。だがしかし、僕はここから地獄のような日常をおくることになる。

初出社から2ヶ月ぐらいはまだよかった。覚えることはたくさんあって忙しかったけれども、自社勤務で周りは優秀な先輩や上司ばかりだったこともあり、毎日が充実していた。問題は3ヶ月目に入ってからだった。研修期間を終えた僕は、いきなり出向先へ飛ばされることになる。もちろん最初の1週間ほどは先輩に付き添ってもらって、業務の引き継ぎなどがあったが、それが終われば自分一人でその場をやりくりしなければならない。しかも、出向先の連中はどいつもこいつもポンコツぞろい。今まで優秀な先輩や上司に囲まれて勉強していただけに、その無能さは余計にきわだって見える。そうして僕は、無能で下らない連中にへこへこ頭を下げる、理不尽で孤独なSE生活をおくることになったのである。

そんな日々が2年ほど続いた頃だっただろうか。僕がたまたま本屋でプログラム系の本をあさっていると、『フリーランスSEになる!』という本が目に留まった。まったくの素人の状態からSEを始めた僕は、フリーランスになろうなんて今まで一度も考えたことがなかった。けれども、その本を見た瞬間、どうしても内容が気になった。思わずその本を手に取りページを開く。最初のページにはこんなことが書いてあった。

私はあなたが今この本をどこで読んでいるのかは分からない。しかし、せっかくこうして出合えたのだから、立ち読みでもいいので、せめてこの序章だけはすべて読んでほしい。あなたに余計な時間は取らせないし、後悔もさせない。約束しよう。

 この本で私が伝えたいことは、1つしかない。それは

  フリーランスたる者、確固とした自分の判断基準を持たなければならない

  ということだ。何でもない言葉のように思えるだろうが、フリーランスとしてやっていけるかどうかは、この点にかかっている。プログラミングの知識や技術は関係ない。あなたが何をどう判断するかが、すべてなのだ。ウソだと思うならば、周りのSEを見てみればいい。彼らは技術者としては優秀かもしれないが、いつも会社からの指示で動いている。自分で判断を下すのはプロジェクトの範囲内だけで、どの仕事を受けるべきか、どの仕事が自分の人生をプラスにするのか、なんてことはまったく考えていない。彼らはただ正確に、順調に、プロジェクトを終えることしか考えられないのだ。

 しかし、あなたがフリーランスになりたいのならば、彼らと同じではいけない。たとえ技術や知識で負けていたとしても、あなたが自分の信念に従って正しい判断さえ下せれば、自ずと目の前の道は開ける。こう言われてもシックリこないかもしれないが、それはその体験をしたことがないからだ。一度体験すれば、あなたもこの快感に病みつきになることは間違いない。それは私の人生を懸けて保証しよう。

 これからはフリーランスの時代になる。たとえ社員であっても、判断を他人や会社に委ねているような人間は、どこからも相手にされなくなるだろう。この本を手に取ったぐらいだから、あなたもそういう予感はしているはずだ。その予感は必ず当たる。まずはその自分の判断を信じてみてほしい。それがフリーランスへの第一歩である。

冒頭の約束通り、ここまで3分で読めてしまった。あまりにも当たり前のことしか書いてなかったので、正直ピンとこなかったが、なぜだかこのときの僕は続きを読まなければならない気がした。そして気付いたときには僕はその本を買っていた。・・・フリーランス。そういう生き方があることを知った僕の人生は、ここから変わり始める。

この日から僕は、朝晩の通勤時間を使ってこの本をむさぼるように読んだ。そうして読み込むうちに、最初はピンとこなかった言葉も心に浸透してくるようになっていた。中でも特に僕の心を動かしたのは以下の言葉である。

トイレや風呂に入っているときでも、つねに何かを判断していろ。

これがフリーランスとして成功するための鉄則だそうだ。当時の僕を含め、この言葉の重要さを実感できる人は多くないと思うが、今の僕なら分かる。要するにこれは

人生のすべてを自分の判断で生きろ、下らない生活習慣に流されるな

ということである。僕らは、ともすれば、雰囲気や習慣に自分の行動を流されがちである。歯の磨き方から歩き方、いつも食べている物、いつも見るサイト、いつも見る番組、そういったものは余程意識して変えようとしない限り変わらない。お風呂で体を洗う順番もそうだし、トイレのときに使うトイレットペーパーの量だって、みんな意識していないはずだ。つまり、それらはすべて自分の判断で決めたことではない、ということである。じゃあ誰が決めたのか、というのは問題ではない。ここで重要なのは、そういう1つ1つの細かいことを、自分の判断で決めて行うということだ。そして、その積み重ねがフリーランスとして生きるための判断基準を育んでくれるのだと、著者は言っているのである。

このときばかりは、僕の周りに流されるという性格が役に立った。どういうことかというと、僕は自分では何も考えず、本に書いてある通りに内容を実践した(本の内容に流された)のである。そのお陰で、僕はみるみるうちに効果を実感した。と同時に、普通の人たちがどれだけ流れて生きているのかも分かるようになった。もちろん、これまで自分がどれだけ流されていたのかも。

それから数カ月後に僕はフリーランスになるのだが、そのキッカケはいきなり訪れた。うちの会社が倒産したのである。あれだけ優秀な人間が揃っていながら潰れるなんて、僕には信じられなかった。しかし、社長から倒産した理由を聞かされて、僕は思わず納得してしまった。どんな優秀な人間も、無能な人間にこき使われて仕事をしていると人格が崩壊する、ということだ。優秀だった先輩たちは、みんなノイローゼになってやめていったらしい。実はこれもあの本が予測していた通りだった。

あれから5年。晴れてフリーランスSEとなった僕は、あの本をバイブルに、ここまで難なくやってこられた。今は無能な連中の言うことを聞く必要はないし、自分のしたい仕事だけを選んでやっている。それでも生活が成り立つのは、僕がいつでも的確な判断を下しているからとしか言えない。知識や技術なんてのは後からどうにでもなる。実際僕がそうだったんだから間違いない。大事なのは、いつどのタイミングでどれぐらいの量の知識や技術を身につけるべきかを判断することだ。余分な努力は人生を疲弊させる。

今の自分には何が必要なのか。それが的確に判断できるだけで、人生はすべて上手くいくのだ。

この物語は、たかだか29歳の若造の半生にすぎない。しかし、ここから学べることは山ほどある。これを一度読んで捨てるのも、何度も読み返すのも、あなたの判断次第だ。その判断が正しいかどうかは、あなたにしか分からない。もしあなたが僕のように人生を自分の力で変えていきたいと思っているなら、『脱凡人のすすめ』というメルマガに登録してみるといい。きっと僕が読んだあの本以上の内容を学べるはずだ。その点については僕が保証する。

僕とはここでお別れだ。ここまで僕の話に付き合ってくれてありがとう。あなたなら必ず僕を超えられるよ。僕はそう確信している。僕がそう判断したんだから間違いないよ。自信を持って。

それじゃあ、またね。

※この物語はフィクションです。

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