ここ2週間ほど、コンセプトについてひたすら自分の考えを
ノートに書き出していました。

ブレインダンプってヤツです。

ずっとそれだけをやっていたワケではないとはいえ、
四六時中そのことで頭がいっぱいだったのは
間違いありません。

それだけ考えりゃそれなりの答えも出てくるワケで、
そうやって出てきたのが今回のタイトルになっている
「狙わずに狙う」です。

個人的にはもっと面白い表現に変えたいというのが
本音なんですが、当分はこのコンセプトでいいかな、
と思っています。

思い返してみれば、「脱凡人」というコンセプトを
考えたときも、自分ではそんなにしっくりきて
なかったな、と。

コンセプトとは、案外そんなものなのかもしれません。

んで、狙わずに狙うとはなんぞや、という話なんですが、
これは理想を叶えようとしなくても自然と理想が
叶ってしまう、意図的なシナリオや戦略を組まなくても
ビジネスが上手くいってしまう、子供を変な教材や塾で
教育しようとしなくても良い子に育ってしまうなどなど、
そういう狙わずとも勝手に的に当たってしまう人間になる
(である)ことを意味しています。

前々回のメルマガで『僕がマーケティングをしない理由』
というのを話しましたが、その根っこがこれです。

僕は、なんだか分からないけど不思議なことが連鎖して
人生が勝手に上手くいってしまう、そういう人を増やす
活動をしていて、僕自身もそうなろうとしていた
(そうなっていた?)ということです。

引き寄せの法則と言ってしまうとちょっと安っぽいですが、
その法則が発動する人間を作ることが僕のやってきたことで、
今やっていることなんだな、と。

そんな考えに至りました。

 

よくよく考えてみると、僕が重視している教養や人間性は
テクニックやノウハウと違って意図的に使うものではなく、
持っているだけで勝手に誰かの役に立ってしまうものです。

教養のある人、優れた人間性を備えた人と接することは、
それだけでわれわれにとって癒しや学びになります。

何気ない会話でも大きな気付きが得られたり、
それまで頭を悩ませていたことがどうでもいいと
思えるようになったり、彼らと接していると
そういうことが起こります。

当然ながら、彼らはそれを意図しているワケではありません。

彼らは自然に、普通に生きているだけで、それが勝手に
われわれの助けになってしまうのです。

『Be Standard』セミナーを受講したなら分かると思いますが、
これが「当たり前」のレベルが高い、ということです。

当たり前のレベルを上げていけば、狙わずに狙う、つまり
普通に生きているだけですべてが勝手に上手くいくという
究極的に理想的な人生が手に入ります。

子供は親の「当たり前」を見て勝手にいい子に育つし、
部下は上司の「当たり前」を見て勝手に焚きつけられるし、
顧客は売り手の「当たり前」を見て勝手に買いたくなる。

これこそ本来あるべき合理性だと思うのです。

もちろんこれはテクニックやノウハウを否定するものでは
ありません。

というよりも、この合理性の一部を切り取ったものが
テクニックやノウハウと呼ばれるものです。

だとすれば、それらも本来は「意図して使うもの」ではなく、
「勝手に滲み出てしまうもの」であるべきではないでしょうか。

 

この境地に至るには時間もかかるし、楽でもありません。

さっさとテクニックやノウハウを学んで実践した方が、
はるかに(目に見える)結果が出るのは早いと思います。

でも、僕もあなたと同じでドMなんですよ(笑)

ミスチルが歌っているように「高ければ高い壁の方が
登ったとき気持ちいいもんな」の「気持ちいいもんな」を
求めてしまうのです。

最近ようやく自覚できてきたんですが、
僕は(一般的に見て)物凄く遠回りをしています。

哲学書なんていう、何の役にも立たなさそうな本を
何時間もかけて読むあたりが、それを象徴していると
思います。

しかし結果として見てみれば、徐々にではあるけれども、
狙わずに狙えるような環境が出来上がってきました。

結果を狙わず、売上も狙わず、自分の好きなことを
好きなようにやるだけ。

このなんとも起業家として相応しくない態度や行動が、
今の環境を作っています。

つまり、狙わずに狙うことすら狙わずに生きられたことが、
実は凄く合理的だったということです。

とはいえ、これはスピリチュアルな話ではありません。

そうではなく、やりたいことをやることは、
狙わずに狙うことと同じことであり、人はやりたいことを
やっていると勝手に「当たり前」のレベルが上がっていく
ということなのです。

 

なぜ教養を身につけたいのか。

なぜ人間性を高めたいのか。

そこに明確な目的なんてものはないと思います。

ただただそこには「今の自分に満足できない」、
「自分に恥じない自分でありたい」「自分の世界を
もっと広げたい」「もっと人の役に立てる人間に
なりたい」という気持ちがあるだけだと思うのです。

その気持ちに素直に従うこと、それこそが狙わずに狙う、
「当たり前」のレベルを上げる唯一の道です。

勘がよければ気付いたかもしれませんが、
そうやって教養や人間性を求める人間になれたこと、
そのこと自体が既に成功への大きな一歩を踏み出した
証拠なのです。

 

意識的に後先や結果を考えるのではなく、自分の心の声に
耳を澄ましてください。

自分の気持ちに身を委ねてください。

それが魂の奥義を発動させる条件なのです。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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