8月にサザンオールスターズの新曲『栄光の男』が発売されます。

僕は別にサザンのファンではないし、多分CDも買わないのですが、
某社のCMでこの曲のサビを聴いて、なんとも言えない実存的な
衝撃を受けました。

一般的な表現を借りれば「心にグサッときた」ということになる
でしょうか。

なぜだか分からないけれども、この曲が気になってしょうがない。

そういう感覚になったのです。

その理由を知るために、僕はユーチューブでこの曲を何度も再生し、
歌詞を書き出してみました。

すると、その理由はすぐに分かりました。

『栄光の男』という曲が表現しているのは、まさにこれからの時代
そのものだったのです。

 

永遠に不滅と 彼は叫んだけど
信じたものはみな メッキが剥がれてく

I will never cry この世に 何を求めて生きている
叶わない夢など 追いかけるほど野暮じゃない

悲しくて泣いたら 幸せが逃げていっちまう
喜びを誰かと 分かち合うのが人生さ

 

これが『栄光の男』の歌詞です(CMで分かる部分のみ)。

これを読んだだけで何がどう凄いのかを説明できる人は、
そう多くないでしょう。

ただ説明はできなくとも、凄いものを「感じる」ぐらいは
出来ると思います。

それぐらい凄まじいものが、この曲には詰め込まれています。

 

まず、一節目。

「永遠に不滅と彼は叫んだけど、信じたものはみなメッキが
剥がれてく」

われわれが信じていたもの、信じ込まされていたものは全部、
メッキが剥がれはじめました。

大企業や銀行は倒産し、学歴や資格は何の役にも立たなくなり、
汗水たらして働いてもその努力は報われず、社会保障は崩壊寸前。

かつて100歳まで安心して生きられると言っていた国は、
逆に国民に助けを求めるようになってしまったワケです。

本質を、つまり自分という存在そのものを磨いてこなかった人は、
メッキが剥がれるときに谷底へ「急落」します。

金だと思っていたものが、金メッキの錆びた鉄だと判明したら、
あなたはどうするでしょうか?

それでも今まで通り金と同じように扱うでしょうか?

それが大切な人の形見ならともかく、そうでもなければ大体は
ゴミのように扱うと思います。

金からゴミへ。

これは「急落」と言っても、大袈裟ではないでしょう。

これからの時代は、こうして「急落する人」が溢れ出すワケです。

メッキが剥がれるとは、本質が丸見えになるということです。

肩書きや経歴、資格、家柄、国柄など、そういったものが一切
通用しなくなり、人間性で、実力で勝負しなければならなくなる
ということです。

実力とは、どういう力のことなのか。

今こそこの問いを問うべき時だと思います。

 

次に二節目。

「I want never cry この世に何を求めて生きている
叶わない夢など追いかけるほど野暮じゃない」

ここには少し違和感を感じる部分があります。

「叶わない夢など追いかけるほど野暮じゃない」という部分です。

なぜ桑田さんはこんな言葉を歌詞にしたのでしょう?

われわれの感覚からすれば、

「叶うか叶わないかは、やってみなければ分からない」

「とにかく諦めずに夢を追い続けろ」

というのが正論です。

それが実行できているかはともかく、ほとんどの凡庸な
ミュージシャンは「Never give up」とか「夢を諦めるな」
みたいなことを歌います。

しかし、彼はそう言わないワケです。

僕が考えるに「叶わない夢」とは、完璧になることを表して
いるのではないかと思います。

要するに、この部分は「完璧を目指すほど野暮じゃない」と
言っているのではないか、ということです。

それなら違和感なく意味がつかめますよね?

彼は「夢なんて諦めちまえ」と言っているのではありません。

そうではなく、「叶えられる(可能性がある)現実的な夢を
追いかけようぜ」と言っているのです。

メッキの夢ではなく、ホンモノの夢を。

 

最後に三節目。

「悲しくて泣いたら幸せが逃げていっちまう
喜びを誰かと分かち合うのが人生さ」

なんでもないように見えますが、素晴らしい一文です。

特に「喜びを誰かと分かち合うのが人生」という言葉が
この時代における成功を、僕がこれまで散々語ってきたことを
的確に表現しています。

これは、喜びを分かち合わう人間こそがホンモノである、という
意味と同時に

「喜びを分かち合える仲間がいなければ、その人はホンモノに
なることができない」

ということを言っています。

この後者の意味が非常に重要です。

「喜びを誰かと分かち合う」という言葉だけを読んでしまうと
誰でもできるように思ってしまうのですが、これは分かち合える
仲間や家族がいて、つまりコミュニティがあって、はじめて
可能になります。

例えば僕がどれだけ賢くなっても、道ですれ違っただけの他人とは
その喜びを分かち合うことはできません。

僕が彼らに「こんなことが分かったんです!」って興奮しながら
話しかけたとしたら、間違いなく引かれると思います。

でも、このメルマガでなら「サザンの歌詞を読んでこんなことが
分かったんです」ということを話して、みんな(多分)喜んでくれる
ワケです(だといいな)。

つまり、喜びを分かち合うには、一緒にそれを喜んでくれる人を
あらかじめ集めておかなければならない、ということです。

ビジネス云々に関係なく、これからの時代を楽しく生きていくには
コミュニティの存在が必須になります。

一緒に喜び、一緒に悲しみ、一緒に成長し、一緒に成功する。

これが「楽しい人生」をおくるための大原則です。

あなたの喜びを、あなただけのものにしておくなんて、あまりにも
もったいない。

仲間がいれば、その喜びは2倍にも3倍にも膨れ上がります。

もっと自分の喜びを、成長を、成功を有効活用しましょうよ。

それがこれからの時代の「(あるべき)人生」です。

 

さてさて。

これだけ説明すれば『栄光の男』という曲の凄さが、サザンの凄さが
実感できたのではないかと思います。

ホンモノのアーティストには、このように時代を読む力があります。

彼ら自身は自分たちの作った価値に気付いていないと思いますが、
それを作った人以上に、そのモノに価値を見出すことは可能です。

そして脱凡人を目指すわれわれは、この両方になるべきだと思います。

つまりわれわれは、偉大なアーティスト(創造者)であると同時に、
偉大な解釈者でなければならない、ということです。

ただ何かを与えられるだけの人間は凡人です。

ただ与えられたものをそのまま受け取るのも凡人です。

われわれは与える側の人間に、与えられたものから与えられた以上の
ものを見出せる人間に、ならなければなりません。

なぜなら、そういう人間にしかコミュニティを作ることはできない
からです。

喜びを分かち合うことができないからです。

あと1年か2年もすれば、誰の目にも分かるぐらいの勢いでメッキは
剥がれ落ちていくと思います。

もはや見て見ない振りは通用しません。

そうなる前に、現実を直視し、自分の本質を、人間性を、実力を
磨き上げておいてください。

それが今のわれわれにできる最善の努力です。

ありがとうございました。

 

※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。

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