内容と実質についてあれこれ評価をくだすのが最も簡単なことであって、
内容と実質がどんなものかを捉えることはそれより難しく、そして、
最も難しいのは、その二つを統一すること、つまり、内容と実質を
表現へともたらすことなのである。

これはヘーゲル著『精神現象学』に書かれている言葉です。

彼が論じている美学については何かと異論があるのですが、それとは別に、
この言葉は非常に示唆に富んだものだと思います。

「内容と実質」とは、絵で例えるならば「何が描かれているのか」と
「それは何を意味するのか」ということです。

この2つについて評価をくだすことが一番簡単だとヘーゲルは言っている
ワケですが、実際に評論家やレビュアーと呼ばれるような人たちが世の中に
溢れているところを見ると、その辺の意味はなんとなく分かるのではない
でしょうか。

例えば本のレビューなんかが分かりやすいかもしれません。

本の内容や効果について評価をくだす人はたくさんいても、
それらを自分のものにしようとする人は少ないし、ましてやそれを自分なりに
表現して伝え広めようという人はほとんどいないワケです。

もちろんそれが悪いと言うつもりはありませんが、そこに留まっている限り、
その人に先はありません。

これは美術鑑賞も同じで、美術作品をあーだこーだと評価しているだけでは、
その人は何も成長しないのです。

 

内容と実質を捉えるとは、それらを自分の役に立てるということです。

その絵に何がどのように描かれているのか、それが何を意味するのかを
把握した上で、それを実生活に応用する。

絵から絵ではない何かを見出す。

それがヘーゲルの言う「捉える」の意味です。

言われれば意味は分かると思いますが、少なくとも僕が見る限りでは、
それが出来ている人はほとんどいません。

その理由の1つに、ほとんどの人がそんな視点で絵を見ていない、
というのがあります。

大抵の場合、美術が好きな人は美術のことしか知りません。

美術のことを聞けばペラペラ得意げに話ができるのに、美術から離れた話、
例えば政治や経済、哲学、音楽、文学などになると急に口をつぐんでしまう。

そういう人が画廊のオーナーや評論家をやっていることが多いワケですが、
彼らは美術を美術という視点からしか見られないから、美術から美術以外のことを
見出すことができないのです。

この繊細な表現が云々・・・この色使いが云々・・・そんなことはちょっと調べれば
誰にだって分かります。

多少解釈の違いはあるかもしれませんが、ウィキペディアや関連書籍を読めば
素人でもそれなりのことは言えるワケです。

長年絵を見続けていれば少しは目も肥えるでしょうし、作品の良し悪しも
分かるようになるでしょう。

けれども、その目が美術を見る時にしか役に立たないのでは、
あまりにも勿体ないと思うのです。

せっかくいい目を持っているのなら、その目をもっと他のことに活かせた方が
いいに決まっています。

それが内容と実質を捉えるということですから、評価するだけで終わっている人は
是非ともこのレベルを目指してもらえればな、と。

そうすればもっと美術を見るのが楽しくなるのではないかと思います。

 

そしてヘーゲルが最も難しいと言っている「内容と実質を表現へともたらすこと」とは、
捉えたことを自分の表現に変換して伝えるということです。

美術で例えるなら、その絵がいかに素晴らしいかということを、
まったく美術を知らない人にも分かる表現の仕方で伝える、
という感じでしょうか。

やってみれば分かりますが、これはそう簡単にできることではありません。

相手がどういう人かによって表現の仕方は変わるし、こっちが美術のことを
知っているのは当然として、相手の好みに合わせられるだけの語彙と技も
必要になります。

それだけの能力があって初めて、内容と実質を表現へともたらすことができるのです。

一体美術業界のどれだけの人が、この領域を目指していると言えるでしょうか。

美術館の学芸員の中には努力している人も多いですが、評論家や画廊は基本的に
美術に詳しい人しか相手にしようとしません。

商売だから仕方がないと言うのかもしれませんが、商売なら尚更、
この業界を広げるためにより多くの人に理解してもらう努力が必要なはずです。

結局それが最終的には利益拡大に繋がるのですから。

画家や彫刻家にしても、自分の作品だけ作り続けていればいいと思っている人の
いかに多いことか。

プロならば、自分の専門分野を極めるのは当たり前です。

どれだけ上手い作品を作ったところで、プロである以上、それは最低ラインでしか
ありません。

そうではなく、そこから一歩も二歩も抜きに出るためには、今話してきたような
自分の専門とは関係ない部分の知識や能力が必要なのです。

(美術とは関係ない)自分の思想や視点を絵や彫刻として表現して伝えること。

それが芸術家と呼ばれる人間の仕事なのだとすれば、「表現へともたらす」能力は
芸術家に必須の能力と言えるのではないでしょうか。

 

僕が思うに、美術(芸術)の楽しみ方は1つしかありません。

それは「美術を楽しめる人間」になることです。

これだけでは意味が分からないと思うので、もう少し詳しく説明します。

まず分かっておかなければならないのは、そもそも美術(特に現代美術)は誰かを
楽しませるために作られたものではない、ということです。

マンガやゲームとは違い、美術はこちらに歩み寄ってはくれません。

それは美術がケチだからではなく、美術とは本来そういうものだからです。

その意味では多くの人が「美術が分からない」という感想を持つのは当然だと
言えるでしょう。

むしろ美術は鑑賞者の方から歩み寄ることを要求します。

そうすることによって、鑑賞者に変化する実感を味わってもらうこと、
表現されたものを追体験してもらうことが目的なのです。

そのため、われわれが美術を楽しむためには、自分がその作品に合わせて変化する
必要があります。

難しい本を楽しめるようになるためには、自分もそれ相応に賢くならなければならない
ワケですが、それと同じように、分からない美術を楽しめるようになるためには、
その作品に相応しい人間に、「美術を楽しめる人間」にならなければならないのです。

「美術を楽しめる人間」とは、美術を評価し、捉え、表現へともたらすことのできる
人間です。

それは決して楽になれるものではありませんし、その道を選ぶかどうかは
あなたの自由ですが、その先には素晴らしいことが待っているということは自信を
持って言えます。

いつかその道を一緒に歩ければいいですね。