ども、ペスです。

昨日ツイッターで、あるフォロワーさん(以下Pさん)と選挙制度について議論しました。

その方とは特に面識はないのですが、お互い結構長い間フォローし合っているお陰か、
ツイッター上としては珍しくまともな議論になりました。

せっかく面白い話ができたので、ここで共有しておこうと思います。

※僕のツイートには投票率に関する勘違い(投票率を途中経過から判断して30%程度だと思っていた)が含まれています。実際の投票率は60%程度あり、国民の半分を超えています。

 

それは


という僕のツイートから始まりました。


こういうことを僕は続けて書いたところ、Pさんが



と自らのTLに書きこみました。

いつもであれば、この手の意見はスルーするのですが、その日はなんとなく話をして
みたくなり、そのTLに対して僕はこうリプライしました。


この比喩から分かるように、最低何%の投票率があれば、選挙が成立したと
考えられるかがこの議論の問題になっています。

そこでPさんはこう返します。


つまり選挙制度上、仮に投票率が30%程度だったとしても選挙は成立すると
決まっている以上は、その選挙には意味がある、という主張です。


これが僕なりのまとめ。

次にPさんはこんなことも言いました。


これは面白い発想だと思います。

選挙の目的は、大勢でにぎやかに楽しむことではなく、大事なことを決める
儀式である、と。

だから人数の問題ではなく、主体的に行動する人が1人でもいれば、その儀式は
成立するということです。

なるほど、と思いました。

それに対する僕のツイートはこれ。


この点に関してはPさんも同感だったようで、


と返してくれました。

 

ここまでの議論の争点を明確にしてまとめたのがこれ。


要するに、投票率がその程度でも選挙が成り立ってしまう選挙制度そのものに問題が
あるのだということです。

僕の「意味なんてあってたまるか!」という発言は、ここに根ざしています。

投票しない側に大きな責任があることは確かです。

投票できる権利を放棄していると表現すれば、彼らは自分で自分の首を絞めていると
言えるでしょう。

ただ、彼らは主体的に、意識的に、積極的に、権利を放棄しているのではなく、
結果として放棄しているというのが、ここでは重要です。

投票所が遠い、期日前投票の期間が短い、行くのが面倒くさい、体調が悪い、
天候が悪い、気に入る政治家がいない、面白くない、意味を感じない・・・など、
考えれば理由はいくつもあると思いますが、みんな何か言い訳を持っています。

この言い訳を1つでも減らす努力を、選挙管理委員会は、政治家はしているだろうか、
というのが疑問なのです。

例えば「投票所が遠い」という言い訳をする人はかなり多いと思います。

実際、僕の地区の投票所に行くには、うちから歩いて30分ぐらいかかります。

自転車があれば楽ですが、このクソ寒い中(今回は暖かくて幸いだったけど)で
自転車をこぐのは、あまり気のすすむことではありません。

ましてや平日に働いて疲れている人間に、貴重な休日を使わせて遠い投票所に
行かせようと思うならば、よっぽどの工夫が必要になります。

しかし僕が見た限り、その工夫はどこにもないし、工夫しようという気配もない。

これで「選挙に来ないやつが悪い!」と切り捨てるのは、あまりにも酷いのではないかと
思うのです。

また投票所が遠くて、更に天気が悪かったとしても、それを気にしなくなるぐらいの
面白さがあれば、みんな投票所に行くと思います。

僕がわざわざ高い交通費を払ってまで東京にセミナーを受けに行ったりするように、
その人が心から行きたいと思うようなものであれば、人は状況に関係なく足を運びます。

だとしたら、投票率の低さは無関心な有権者だけの責任ではないのではないでしょうか。

 

制度上、選挙に行かないヤツが悪いのは確かです。

それは理屈の上では絶対的に正しい。

それぐらいは僕も分かっています。

けれども、選挙に行く意欲をそぐようなことを政治家がしていることも確かだと
思うのです。

ずっと若者の選挙離れが叫ばれていますが、若者を無関心にさせているのは誰なのか、
という話です。

若者がその風潮に負けてしまっているという点では、今の若者に責任があります。

その貧弱な精神は鍛えなおさなければなりません。

ただ、「日本をよくします!」と言っている政治家のやり方や政策が若者の関心を
そぐことによって、実際には日本を悪くしているということも言っておく必要がある
でしょう。

若者の関心や意欲こそが日本の起爆剤なのですから、日本をよくしたいならば、若者が
選挙に行きたくなるような政策をかかげ、そこから高齢化社会を支えられる基盤を作って
いかねばならないと思うのです。

それができてこそ、政治家の口にする「安心できる社会」が作られるのではない
でしょうか。

これが正しいとすれば、無関心な若者を無関心なまま放っておく今の選挙制度の在り方は、
国として、政治として、最悪です。

「政治家は嘘つきだ」

「政治家なんて誰も信用できない」

「誰を選んでも政治は変わらない」

そう若者に思わせている本人たちが当選しているという意味で、やはり最悪です。

選挙を改善するための僕なりの案は色々ありますが、一番大きなものだけを挙げておくと
とにかくまずは投票所の場所を駅前にすることです。

これだけで投票率は跳ね上がります。

予算的な問題はあるかもしれませんが、少なくとも駅前に匹敵するぐらい「ついでに」
行ける場所に設置すべきです。

国民が選挙に見る価値が低いのは既に分かってるんだから「ついでだし行っとくか」と
思えるような場所に設置するのは、当然の努力だと思います。

献血だってそれぐらいの努力はしているのですから、駅前に何台か投票車を出して、
投票させることぐらいできるはずです。

その辺の工夫を是非とも考えてもらいたい。

それが僕のせつなる願いです。