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Archives for 経済

アベノミクス金融緩和の罪 ~日本経済の未来と絶望~
  アベノミクスを推し進めるべく、日銀は2013年4月から 量的・質的金融緩和(以下QE)というのを行っています。 つい10日ほど前にも日銀で会合が行われ、今後もQEを 継続することが決定しました。 この事実を知っている人はそれほど多くないと思うし、 この事実が自分の生活にどう影響するのかを理解している人は 極少数だと思います。 しかし今行われているQEは、われわれが最も絶望すべきことの 1つです。 んな大袈裟な、と思うかもしれませんが、その真実の一部を 今からお見せしますので、是非じっくり、できれば15分程度は 何の邪魔も入らないような空間を用意して読んでください。 間違っても、スマホでサラッと読み流して済ますようなことは しないように。 まずはQEの説明から始めます。   QEとは、日銀が国債や株などの金融商品を買いまくることで 市場にお金を流すことです。 普通、日本の国債は主に民間の銀行が低リスクの投資先として 買うものなのですが(これによる銀行の儲けが金利になる)、 日銀はそれらの銀行が持っている国債を強引に買い取ることで、 銀行に余剰資金が溢れるようにして、銀行がその余剰分を 市場に貸し付けることを狙っています(というか日銀が 「貸し渋りすんじゃねぇ」と命令します)。 もうちょっと丁寧に説明すると、銀行は本当は国債を 持っておいて低リスクに利益を膨らませていきたいんですが、 それを日銀に買い取られてしまうと、銀行には減りもしないけど 増えもしないただの現金が大量に溢れることになります。 当然ながら、その現金をそのまま持っているだけでは 銀行は一円も儲かりません。 銀行がその現金を増やすためには日本国債よりもリスクの高い 外国債や株を買って運用するか、誰かに貸し付けるしかないので、 そういう状況を意図的に作り出して、銀行から市場にお金が 流れるようするのがQEだということです。 市場にお金がたくさん出回れば、お金の価値は下がります。 これも感覚的には分かり難いかもしれませんが、 例えば日本人全員の所得がいきなり2倍になったとしたら、 今まで1本100円で売られていた大根が200円になる というのは、なんとなく分かるでしょうか? 所得が2倍になったということは、物凄く乱暴に言うと 人件費が2倍になったということです。 1本の大根を作る手間や労力は今までと変わらないのに、 人件費だけが2倍になったワケですから、そりゃ大根の値段を 上げないワケにはいかないですよね? これがQEによってお金の価値が下がる理屈です。 その2倍になったわれわれの所得が、われわれ全員に均等に 行き渡っていれば特に問題はないのですが、それが一部の人に 偏っている状態が今の日本です。 これだけでも凄く危険なことだというのが分かると思います。   安倍総理の言う「デフレ脱却」とは、QEによってデフレを インフレに変える、つまり、お金の価値を下げて相対的に 物の価値を上げるということです。 なぜそんなことをするのか。 それは彼がインフレを起こせば景気が回復すると思っている からです。 ポイントは「彼が思っている」というところで、 デフレから脱却することと景気が回復することとの間には 実は相関関係がありません。 むしろインフレやデフレは景気とは相関関係がないという データがあるぐらいです。 デフレになると、本当に不況が来るのか(東洋経済) このデータが正しいとすれば、デフレを脱却できたとしても、 われわれの生活が良くなるとはかぎらないことになります。 もちろん絶対に悪くなるとも言えないワケですが、少なくとも 彼の言う「明るい未来」になる保証はどこにもない。 この辺からまた胡散臭さがただよってくるワケです。   ここで前々回の『政治の裏側、ちょっとだけ見せます』と 同じように、政治的な疑いを挟んでみましょう。 もし安倍政権の人たち(日銀の黒田総裁を含む)がこのことを 知っていて、それでも敢えてQEを推し進めていたとしたら、 その目的は何だと思いますか? 景気が回復しないと分かっていてもQEをするということは、 そこには別の意図があると考えるのが自然です。 もしそんな意図があったとしたら、それは一体何なのでしょう?   最初に考えるべきは、QEで得をするのは誰か、ということです。 一般によく言われているのは、国内から国外へ商品を輸出している 企業(主に大企業)ですね。 消費税増税のときも「輸出戻し税」なるもので彼らが得をする ということが結構言われていました。 では他はどうでしょう? QEが何を買いまくると言っていたかを思い出してください。 そう、金融商品ですね。 知っている人は知っているように、今の日本の株高は日銀が株 (ETFという投資信託)を買いまくったことによるものです。 今後も日銀はETFを買い足すようですし、その「日銀は今後も 買い足すらしい」という期待感が今の株価を支えています。 つまりQEによって得をするのは大企業だけではなく、 大量の金融商品を保有している人も含まれるということです。 想像すれば分かるように、大量に金融商品を保有している人とは、 富裕層の人です。 われわれのような庶民は普通、そんなものは持っていません。 仮に持っていたとしても、ごくごく小さな額です。 10株しか持っていない人と1万株持っている人とでは 100円の値上がりでも利益が千倍違います。 もはや言うまでもないでしょうが、QEとは、貧富の格差を 拡大させる政策でもあるのです。   ただ今挙げた以外にも、まだ他に得をする人たちがいます。 それがアメリカです。 QEによってお金の価値が下がるということを先に言いましたが、 それは厳密には円の価値が下がることを意味します。 円を刷りまくっているワケですから、円が薄まっていくのは 当然ですよね。 通常、円安誘導は他国の商品を売れ難く(割高)にするため、 国際的にはあまり歓迎されないのですが、アメリカは実は QEを歓迎しています。 というのは、日本の生保やゆうちょや民間銀行がアメリカの 金融商品を買ってくれるからです。 今までは生保や銀行が国債を買って運用していたのですが、 日銀がQEで国債を買い占めてしまったことによって、 生保や銀行はそれらの低リスク商品が買えなくなりました。 だから仕方なく株や外国債などの高リスクな商品に 手を出さざるを得なくなってしまっている、ということです。 おまけに今の日銀は日本の株まで買い占めにかかっていますから、 これから生保や銀行は益々高リスクな海外の金融商品しか買えなく なっていくことが予想されます。 だったらお金を貸し出す方で儲ければいいじゃんと思うかも しれませんが、今はお金を借てくれる人がいないのです。 史上最低の低金利なのに誰も借りてくれない。 お金の貸し借りは借りたい人がいないと成り立たないですから、 そういう需要がない以上、どれだけ大量にお金を持っていても 何の利益にもなりません。 こうして生保や銀行はQEによってどんどん高リスクな方向に、 破綻する方向に向かっているのです。   最後に日銀がQEをやめたらどうなるかを考えておきましょう。 もう分かると思いますが、今そんなことをしたら世界、 特に日本とアメリカの金融経済は破綻します。 先程言ったように、今の日本の株価を支えているのは 「日銀は今後も買い足すらしい」という期待感ですから、 QEをやめるということは、その期待感がゼロになる ということです。 そりゃヤバイことになるに決まってますよね。 しかし今のままQEを続けても、貧富の格差は広がり続け、 生保や銀行のリスクも増え続けます。 加えて円安傾向はどんどん進むし、物価だけが無駄に高く なっていく。 進んでも地獄、止まっても地獄。 これがわれわれが今置かれているまさに「絶望的」と言うべき 現実なのです。   前々から何度も言っているように、そう遠くはない未来に 日本の財政破綻・金融破綻は起こります。 それはここまで説明してきたことだけを見ても明らかです。 そうなる前に何をしておくべきか。 よく考えながら生きてください。 日本を、未来の世代を守りたいのなら、ここまでを踏まえて 活動していきましょう。 絶望を見ようとしない人間に、明るい未来などありません。 ありがとうございました。   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック   ...more»
国の財政危機を乗り越えるために二宮尊徳がやった当たり前のこと
  消費税の増税を目前に控えて、さらに追い打ちをかけるかのように 軽自動車税の増税が決まりました。 一応消費税が10%になった際に軽減税率を導入することは 決まったようですが、それによって減ってしまう税収を補うために、 また何か別の負担が増えることは間違いないでしょう。 しかし、今のような状況で、このような政策を行うことは、 素朴に考えても、そして歴史的に見ても、大きな誤りです。 日本の歴史だけを見ても、経済がヤバイ時期というのは何度も あったワケですが、その時期に年貢負担を増やした藩はほぼ必ず 崩壊しています。 まあ当たり前っちゃ、当たり前ですよね。 武士の生活がヤバイということは、農民の生活はもっと ヤバイのであって、そんなときに農民からより多くの年貢を 巻きあげようとすれば、農民の生活はたちいかなくなって 年貢はどんどん減っていく。 ただそれだけのことです。 ただそれだけのことなのですが、こういう誰でも分かりそうな 当たり前のことに、当時の武士のほとんどが気付かなかったのも 事実です。 というよりも、そういう発想がなかった、と言った方が正しい でしょうか。 彼らは「いかに自分たちの生活をそのまま維持するか」ということ だけを考えていたため、農民の生活を豊かにすることによって 年貢を増やし、自分たちの生活も同時に豊かにする、という発想が なかったのです。 いやー、面白いもんですね。 考えていることも、やっていることも、どこかの政府と瓜二つだと 思いませんか?   そこで登場するのが二宮尊徳です。 彼が活躍したのは、まさしく今話したような経済がヤバイ時期でした。 各藩が多額の借金を抱え、それに加えて飢饉がたびたび発生して、 餓死する人がたくさん出た時期に、彼が指揮をとった村では 誰ひとりとして餓死する人を出さず、それどころか他の村に作物を 恵んでやる余裕さえあったのです。 彼のやったことは恐ろしくシンプルです。 彼は最初に村や藩の役人に 「農民の生活が安定するまで、農民の年貢を免除しろ」 「あんたらも今は贅沢をやめて、今の年貢に見合った分相応の 生活をしろ」 と言って農民の負担を軽減させました。 そして、その約束を取りつけた後は自ら村の開墾や公共工事 (橋の建設など)を手伝ったり、村人のやる気が出るように 頑張って働いている村人に報奨金を出したりしました。 彼がやったのは、たったこれだけです。 まとめると、尊徳は 1.収入(税収)に見合った生活をする 2.収入(税収)が自ずと増えるような工夫をする という2つだけをやったことになります。 アベノミクスの政策は一応2の工夫に当たりますが、 尊徳が重要視していたのは、1の「分相応の生活をすること」 すなわち「分度をわきまえること」です。 彼はこの最初の条件が守れないならば、村の復興は手伝わないと 頑なに言っていました。 というのは、どれだけ農民を鼓舞しても、手元に残る収入が 保証されなければ彼らの生活は一向に楽にならず、すぐにやる気が 失せてしまうことを知っていたからです。 働いても働いても年貢で持っていかれてしまう。 これではやる気が出なくなるのも当然でしょう。 やる気が出なくなれば労働は非効率になり、労働が非効率になれば 米の収穫は減り、米の収穫が減れば納められる年貢は減り、 納められる年貢が減ればまた年貢の負担が大きくなる。 尊徳いわく、この悪循環から抜け出すには、村や藩の役人たちが 分度をわきまえることが絶対の条件だったのです。   彼の言った通りにして、分度を守ったところは経済危機を 逃れることができました。 しかし中には素直に言うことを聞かず、 「なぜわれわれ武士が我慢して、農民を気遣わなければならんのだ」 と言って尊徳の言うことに逆らい、復興に失敗したところも山ほど あったのです。 尊徳ほどの偉大な人間がいても、トップに立つ人間が愚かだと、 こういう悲惨なことになります。 今起こっていることも、まさにこれと同じではないでしょうか。 税収が少ないならば、その少ない税収でもやっていけるような 政策を考えるべきなのに、そういう柔軟なことは一切考えず、 今ある社会保障を無理やり維持しようとする。 これこそが、今われわれが向き合わなければならない問題だと 思うのです。 これは政治家だけの問題ではありません。 年金や生活保護や健康保険など、税金の恩恵にあずかっている 国民全員が考えるべきことです。 年金を減らされるのがイヤなら、せめて健康に気をつけて 医療費の負担を減らす努力をすべきでしょうし、生活保護費を 下げられたくないなら、せめて自分が所属している自治体での 買い物を心がけ、自治体の税収に貢献することを考えるべき でしょう。 平気で病気になって、平気で毎日病院に通って、平気で他府県の 安い商品ばっかり買っている人間に、税金に対する文句を言う 資格はありません。 先程「トップに立つ人間が愚かだと」と言いましたが、 われわれのトップは総理大臣ではなく、われわれ自身です。 なぜなら、今の日本では主権は国民にあるからです(主権在民)。 つまり、国民全員の質(民度)をあげないことには、 どれだけ実力のある人がいても、今ある根本的な問題は 解決しないということです。   今われわれが目を向けなければならないのは、政治家の愚かさや 官僚の狡猾さではありません。 そういう根の腐った人たちを自らの意志で選び、野放しにして しまっているわれわれ自身の無力さにこそ、目を向けるべき なのです。 今の時代に尊徳がいたとしても、きっと彼は復興を手伝っては くれないでしょう。 彼は自分一人の無力さをよく理解していました。 だからこそ、官民(武士と農民)一体となって、みんなが 協力し合う態勢になるまでは、手を差し伸べなかったのです。 だとすれば、今どこかに隠れている実力者にも、同じことが 言えるのではないでしょうか。 彼らはひっそりと身をひそめ、自分のやるべきことだけを やっています。 しかし、われわれ一人一人がやる気を出し、団結しさえすれば、 そのときにはきっと、彼らも表に出てきて、力を貸してくれる でしょう。   国の問題は、われわれの問題です。 なぜ国は増税しなければならなくなったのか。 なぜ国の税収は落ち込み、支出は増加しているのか。 その内訳は何なのか。 どうすれば少しでも国や自治体の経営が楽になるのか。 これらを真剣に考えたり調べたりすれば、自分にもできることが あるということは、すぐに分かると思います。 ネットショップで買うのか、地元のスーパーで買うのか。 現金で買うのか、クレジットカードで買うのか。 こういった何でもないように思える違いが、積もり積もって 国や自治体に負担をかけているのです。 もっともっと「自分は普段何をやっているのか」ということを 詳しく知ってください。 まずはそこからです。 ありがとうございました。   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック     ...more»
金融危機の解決策 ~二宮尊徳の五常講貸金~
  日本が世界に誇るべき偉人に、二宮尊徳(二宮金次郎)がいます。 あの有名な薪を背負って読書する銅像の印象から、彼は一般に 「勤勉な日本人」という印象しか持たれていませんが、それは 大きな誤りです。 調べてみれば分かるように、彼は当時飢饉や貧困で困窮していた 何百という村々を救い、あの封建制度ゴリゴリの世の中において、 実力だけで百姓から幕臣にまで上り詰めた、豊臣秀吉にも 引けを取らない実績を残しています。 彼は若い頃から独自に金融業を営んでいました。 自分が働いてコツコツ貯めたお金を、困っている人に貸し出し、 利子をつけて返してもらう。 これだけ見れば銀行がやっている今の金融業と同じなのですが、 彼はもう一歩進んだことをやっていました。 なんと彼はお金を貸した相手に、どうすればお金を無事に 返済できるのかをアドバイスしていたのです。 あるとき、尊徳は奉公先にいた女中にお金を貸して欲しいと 頼まれます。 そこで彼はこう聞きました。 「返すあてはあるのか?」 すると彼女は 「お給料を何度も前借しているため、返せるあてがありません」 と正直に答えました。 しかし、尊徳はそこで彼女を見捨てるのではなく、 「あなたが食事の支度をするときに使っている薪を節約しなさい」 「鍋の底についているすすを綺麗に払えば、少ない薪でもちゃんと 火が通るようになる」 「そうして余った薪を私が買い取ってあげよう」 「それで少しずつ返済していけばいい」 と言って、彼女にお金を貸してあげたのです。 そのときの女中にとって、尊徳は神様に見えたことでしょう。   また尊徳は周りの人たちに言って、自分にお金を預けさせました。 ここで彼が何をやったか分かるでしょうか? その預けてもらったお金を別の人に貸し出すことによって、 預けた人のお金に利子をつけて増やしてあげていたんです。 これには周りの人たちも大喜び。 「尊徳に預けるとお金が増える」という噂が広がり、 彼のもとにはどんどんお金が集まるようになります。 そうすると、また貸し出せるお金が増え、利子による 利益も増え、預けた人は喜び、またお金が集まる。 こういう好循環ができあがっていったワケです。 それもこれも彼が経済(金融)に長けていただけではなく、 ちゃんと儒教に由来する道徳の精神を持っていたから できたことです。 みんなを喜ばせるには何をすればいいか。 きっと彼は一日中そのことを考えていたに違いありません。 もし彼が私腹を肥やすためにお金を貸したり、集めたり していたならば、決してこんな素晴らしいことは 起こらなかったでしょう。 しかし、今の世の中を眺めてみてください。 お金を貸した相手に、返済方法をアドバイスしてあげるような 親切な金融業者がどこにあるでしょうか? 預けてもらったお金を増やしてあげるために、必死になって がんばっている誠実な銀行がどこにあるでしょうか? どの銀行もお金を預ければ表面的には「ありがとうございます」と 言いますが、行動や態度はまったく伴っていません。 本当に有り難いと思っているなら、二宮尊徳のような行動をとって 然るべきだと思うのです。 でも、そんな会社はどこにもない。 今の金融が行き詰っているのは、まさしくこの点にあります。   二宮尊徳の貸金の基本は「五常講貸金」と呼ばれています。 これは仁・義・礼・智・信という5つの基本理念から成り、 この5つを根本に据えて貸金業を行うということです。 簡単に説明しておくと 仁:お金に余裕のある人が余裕のない人に貸す、つまり、 貸す方が思いやりを持つこと 義:返済の約束を必ず守ること 礼:貸してくれた人に感謝すること 智:返済するために知恵をしぼって努力すること 信:貸した相手を信じること という感じになります。 当たり前と言えば当たり前なんですが、できてないですよね、 昨今の人間はどれも。 結局お金の貸し借りは、お金だけの問題になっていて、 そこに思いやりや感謝みたいなものは、まるでありません。 お金に困っている人ほど貸してもらえない。 これが現実です。 でも、これっておかしいですよね? だって、商売ってのは「儲けるため」にあるじゃなくて、 「人を助けるため」にあるんだから。 人を助けた結果として儲かるのが商売なのであって、 儲けを優先して人を助けないというのは、商売とは呼びません。 要するに、今の金融は「お金を貸している何か」であって、 本来の金融業でもなければ、商売でもないということです。 そんな思いやりも感謝もない冷徹な何かが世界を席巻している ワケですから、そりゃ長続きするはずがありません。 尊徳も言っているように 「道徳を忘れた経済は罪悪」 なのであり、そんなものは短命に終わるに決まっているのです。   尊徳が非常に偉かったのは、どれだけ困っている人に対しても、 決してお金をあげなかった点です。 すべては救済のために「貸した」のであり、生活がよくなれば 少しずつ返してもらう、ということを彼は譲りませんでした。 というのは、「もらったお金は人を堕落させる」ということを 彼はよく知っていたからです。 生活保護の問題を見れば、彼の言っていたことがいかに 正しいかがよく分かります。 あれも本当はお金をあげてはいけないのです。 特定の重い病気や障害を持っている人は仕方がないとしても、 本来は奨学金のように、低利子、もしくは無金利で貸し出す というのが最も身になります。 だって、借りたものは、どこかで努力して返さなきゃいけない ワケですから。 そして行政も貸し出すだけで終わらせずに、ちゃんと商売や 家計の勉強をして、一人一人にアドバイスをしてあげれば、 今よりグンと状況はよくなります。 つまりこの場合は、借りる側よりも、貸す側の実力が問われる ということです。 その意味で、今の生活保護の問題は行政側の「手抜き」による ものだと言えます。 とりあえずお金を渡しておけばいっか。 彼らの行動や態度に、そういう気持ちがにじみ出ていますよね。 生活保護の申請は受けつけてくれても、生活保護から抜け出す 手助けはしてくれないワケです。 いや、手助けしてくれないというより、実力がないから 手助けすることができないと言った方が正しいでしょう。 しかし、尊徳は自分でお金を稼いで、それを増やす実力が ありました。 だからこそ彼は他人の面倒まで見ることができたのです。 今の公務員が自分の力でお金を稼げるとは思えません。 そんな人間が他人にアドバイスするなんて、もっての他です。 だとすれば、昨今の経済や政治や行政の歪がどこにあるかは 明白ですよね。 「みんなに実力がない」 「みんなに思いやりがない」 この2つの事情が、今の世界をめちゃくちゃにしているのです。   もしあなたが、あなたの望む世界を生きたいと思うならば、 この2つを出来るかぎり多く満たしてください。 実力をつけるのは時間がかかりますが、思いやりは今からでも すぐに持つことができます。 二宮尊徳だって、最初は思いやりだけでした。 村人のために一生懸命に堤防を作り、堤防を強化するために こっそり松の木を植えたり、こっそり草鞋を作ってあげたり、 そういう陰徳を積んでいたのです。 もちろんその間にも、彼は実力をつけるために『大学』や 『論語』などの儒教の本を読み、勉強をしていました。 その小さな積み重ねが、彼を大成に導いたということです。 前に『ハチドリのひとしずく』という動画を紹介しましたが、 あの動画が伝えていたことを思い出してください。 ハチドリは 「自分にできることをやっているだけだ」 と言っていましたね。 あなたも同じように、今あなたにできること、つまり思いやりを 持つことから始めればいいのです。 なにも焦る必要はありません。 尊徳のように、コツコツと小さなことから積み上げていきましょう。 ありがとうございました。   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック     ...more»
絶望から生まれる希望 ~最悪のシナリオの役目~
  前回お話した特定秘密保護法案の件でも明らかなように、 自民党が醜い本性を現し、暴走し始めました。 今になってやたらと自民党を批判する人が出てきていますが、 そもそもこれは、われわれ自身が選んだシナリオである ということを自覚しなければ、何も事は前に進みません。 TPP推進も、積極的自衛権も、言論統制も、われわれが 自らの意志で選んだ代表者がやろうとしていることです。 だとすれば、まずわれわれは、その自らの愚かさを真摯に 見つめるべきでしょう。 なんであんなバカな政治家を見抜けなかったのか。 なんで自分はバカな選択をしてしまったのか。 どうすれば、今後そんな愚かなことをせずにすむのか。 これが今われわれが考えるべき、最も建設的なことだと 思います。 自民党や安倍総理を「敵」だと思うのは勝手ですが、 その敵はまさにわれわれの中にいる「敵」でもある ということです。   既にお気付きだと思いますが、これから日本がたどることに なるであろうシナリオは、どれも最悪です。 何をどう楽観的に考えても、あと数年で日本が爆発的に蘇る なんて可能性は0.0001%もありません。 原発問題、社会保障問題、増税、TPP、積極的自衛権、 憲法改正など、まったく希望がないと言ってもいいでしょう。 しかし、ここでよく考えて欲しいことがあります。 今挙げた例はどれも「政府に希望がない」であるとか 「国に希望がない」という話でしかない、ということです。 そういったものに対してわれわれが期待しているかぎり、 希望は無い。 こう言い換えれば分かりやすいでしょうか。 つまり、われわれは(無意識的にではあれ)まだ国や政府に どこか期待してしまっているのです。   先程あれだけバカにしたにもかかわらず、われわれは未だに こういう状態から抜け出せずにいます。 心のどこかで「希望は国や政府が作るものだ」と思っている。 そういう無責任な期待が、今の腐った国や政府を作ったのだ ということに、気付いていないのです。 これこそがわれわれの本当の「敵」だということを理解して ください。 この「敵」を自覚しないかぎり、どう足掻いてもわれわれに 希望はありません。 なぜなら、「敵」も希望も、われわれの中にあるからです。 その無責任な期待を捨てられなければ、最悪のシナリオは 一発逆転のないまま、最悪なまま結末を迎えることになる でしょう。 それこそが、本当の最悪なシナリオなのです。   当たり前ですが、国や政府の描くシナリオが最悪だったとしても、 われわれがそのシナリオに乗らなければ何も問題はありません。 いや、何も問題がない、というのは少し言い過ぎなんだけども、 少なくともわれわれが思い描いているほど悪いことにはならない。 これはつまりどういうことかと言うと、国や政府の方針を無視して、 今までの常識を無視して、自分の生き方を自分で模索すればいい、 ということです。 まあ極端に言えば「自給自足」ですね。 そういうシナリオを自分で作れば、国とか政府とか、そういう 遠くのことはほとんど関係がなくなります。 これは別に冗談で言っているワケではありません。 完全な自給自足はかなり非現実的ですが、半自給自足ぐらいならば、 集落(コミュニティ)単位でやってやれないことはないと思います。 僕が米を作って、他の人が野菜を作り、豆を作り、木を切り、 料理を作り・・・という感じで、細かいことを含めても 200人ぐらい居れば、なんとかなるんじゃないでしょうか。 これを馬鹿げていると思うのは勝手ですが、こういう発想がないと これからは生きていけないと僕は考えています。 だって、もはや頼れるものは自分と仲間以外にはいないんだから、 全部マンパワーでやるしかないでしょ。 シナリオを自分で作るとは、こういうことなのです。   誰がどれだけのシナリオを想定しているかは分かりませんが、 僕はいずれ(結構近いうちに)ハイパーインフレが起こると 思います。 むしろ政府はそれを自ら望んでいると言っていいでしょう。 なぜなら、それで財政の問題は帳消しになるからです。 他にも、今まで積み重ねてきた、あらゆるヤバイ証拠を、 ハイパーインフレのどさくさに紛れて消し去るということも 考えているかもしれません。 その点については、われわれにはどうしようもありませんから、 われわれが考えるべきは、そうなったときにどう対処するか、 ということだけになります。 ハイパーインフレになって一番困るのは食料ですね。 経済が崩壊するワケですから、経済によって支えられている インフラ機能も一時的に停止するかもしれません。 電気、水道、ガスなどが止められたら、どうしますか? スーパーに人が溢れて食料が買えなかったらどうしますか? お金が紙くずになったらどうしますか? 推論によって「そうなるだろう」と予測される今、われわれが やるべきことはある程度決まってきます。 ほら、自給自足が現実味を帯びてきたでしょ? 最悪のシナリオってのは、そういうことですよ。 みんな甘く見ていますが、われわれが今どういう時代に片足を 突っ込んでいるのか、ちゃんと確認しておくべきだと思います。 僕の言っていることは、大袈裟でも何でもないのです。   経済が止まれば、われわれの常識を支えているほぼすべての 機能が停止します。 歴史的に経験のないレベルの巨大な台風や地震が襲ってきたら、 われわれの生活基盤は失われます。 こういう最悪のシナリオが、今既に手元にあるワケですから、 そのための準備をしないというのは、どう考えても自殺行為としか 思えません。 逆に言えば、最悪のシナリオを今既に知っているということ、 それこそが、われわれにとっての希望なのだということです。 どんな災害も、あらかじめ分かっていれば、対処できます。 その準備すらしていないのに、「もう日本は終わりだ」とか、 僕にはちょっと理解できません。 勝手に最悪のシナリオで話を終わらせてんじゃねーよ、と。 まだまだ話の続きはあるでしょ、と。 そう思ってしまうのです。   最悪のシナリオは確かにあります。 そして、それは必ずと言っていいぐらいの確率で現実になるでしょう。 けれども、だからどうしたと言うのでしょうか? それでもわれわれは生きていかなければならないのです。 泣きごとを言っている暇があるなら、さっさと自分のやるべきことを やりましょう。 今は不安になっている時間ですら、惜しいのですから。 ありがとうございました。   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック   ...more»
不健康な人間が生きる悲しい世界
  先日、シリアから国外(主にトルコ)へ避難した難民は 100万人を超えたという報道がありました。 現在の騒乱による死者は既に10万人を超え、政府側なのか 反政府側なのか、それともそれ以外の誰かの仕業なのかは 分かりませんが、生物化学兵器が使われたという報道も されています。 エジプトで起こっている騒乱でも、死者は600人を超えたと 報道されており、争いの激化は今後も避けられない状況です。 中国では干害と急速な経済発展によって、深刻な水不足と 水質汚染が同時に進み、住む場所を追われる人は数百万人に のぼっています。 おまけに大気汚染も深刻化しており、ここ10年以内に北京は 人間が住めなくなるかもしれないと言われているほどです。 つい最近、アメリカはギリギリのところでデフォルトをのがれ、 ユーロ危機はECBの配慮で3年間はとりあえず収まることに なりましたが、両者とも根本的な問題は何も解決していません。 特にアメリカの経済は不健全極まりなく、いつそれが露呈して 第二次世界恐慌に突入してもおかしくない状況です。 原発の暴走を未だに止めることができていない日本では、 精神病患者が増え、自殺者が増え、生活保護受給者が増え、 ニートが増え、国債発行額が1000兆円を超え、雇用は減り、 少子高齢化が進み、異常気象による災害が急増しました。 その他、世界各国には環境破壊や人身売買、世襲による独裁、 テロリズム、宗教的不自由などの問題が山積しています。   さて、ここであなたに質問です。 今挙げたような問題は、なぜ起こるのだと思いますか? 冷静に考えれば誰でも分かるように、これらの問題はすべて 人間が起こしています。 殺し合いや経済危機、水質汚染、原発の暴走、精神病患者の増加、 自殺者の増加、異常気象、環境破壊、人身売買、世襲的独裁など、 人間の絡んでいないことは何一つありません。 どれもこれも人間が勝手にやって、勝手に苦しんでいるのです。 なぜ人間はこういう自虐的なことをするのでしょう? どういう時に人間は自虐的なことをしてしまうのでしょうか? その答えは分かり切っています。 「不健康だから」です。 ここで言う「不健康」とは、人間のあらゆる面においてバランスが 崩れていることを意味します。 それは食生活や栄養の偏りにはじまり、趣向の偏り、知識の偏り、 行動の偏り、人間関係の偏り、宗教の偏り、世界観や価値観の 偏りまでを含みます。 われわれが綱渡りの綱から落ちてしまうのは、前後左右のどこかに 重心が偏っているからです。 バランスを取って綱の上にいるかぎり、われわれが誰かを傷つけたり、 誰かに傷つけられたりすることはありません。 綱の上に留まり続けることは体力的にも技術的にも難しいですが、 だからこそ綱の上には優秀で誠実で成長を続ける実力者だけが残り、 どこよりも安全で平和なのです。 一方で、重心の偏った人たちの集まる綱の下では、醜い争いが 繰り広げられます。 「綱から落ちたのはお前のせいだ!」と言って他人をののしる者。 綱から落ちてくる人を待ち伏せて、落ちた隙に彼らから身ぐるみを 剥ごうとする者。 「ここまでが俺の陣地だ!」と言って、自陣に近づこうとする人に 暴力をふるう者。 すべてを諦めて隅で寝そべっている者。 こんな人たちが世界の大多数を占め、1つの空間を共にしているの ですから、日に日に問題が深刻化していくのは、何も不思議では ないでしょう。 彼らはみな一様にして、自分が正しいと思い込んでいます。 自分が生きていければ、自分さえよければ、何をやってもいいと 思い込んでいます。 彼らの思考はすべて自分中心に偏っており、彼らの重心が他者へ 移ることはありません。 だから彼らはバランスがとれないし、「不健康」なのです。   彼らは普段から新鮮で栄養豊富な美味しいものを食べていません。 彼らはほぼ毎日、コンビニ弁当や菓子パン、スーパーのお惣菜や ファストフードやスナック菓子を食べて生活しています。 こうした食生活の偏りが成人病などの深刻な病気を生むということを 知っているにもかかわらず、彼らは自分が普段食べているものに 関心を向けないのです。 例えばシーチキンのおにぎりに入っている白い液体をマヨネーズだと 思い込んでいる人は多いですが、あれはマヨネーズではありません。 チョコレートやコーラやサイダーには砂糖が大量に入っていると 思われていますが、大量に入っているのはブドウ糖果糖液糖です。 菓子パンやクッキーに限らず、100円程度で売られている お饅頭やお団子にはほぼ必ずマーガリンが含まれています。 スーパーで売られているお肉の鮮やかなピンク色は、着色料による 色づけです。 こんなものを自分が毎日食べていてるということを、彼らは知ろうとも しません。 知ったからといって完全に避けられるワケでもないし、知った上で 敢えて選んで食べるのならいいのですが、彼らは知れるはずのものを 知らずに食べて、勝手に病気になって憂鬱になっているのですから、 慰めようがありません。 ガンになった人たちと同じ食生活を続けていれば、ガンになる確率が 上がるのは当然なのです。 人間の体は、人間が食べた物によってできています。 偏った物を食べ続ければ、当然、偏った(バランスの崩れた)体や 細胞や脳になっていきます。 そして偏った肉体には偏った精神が宿る。 この当たり前のことを彼らは自覚していないし、自覚しようという 発想もないのです。   彼らはいつも同じことを繰り返して生活しています。 朝起きたらいつもと同じチャンネルの、いつもと同じアナウンサーが 喋っている、いつもと同じニュースを見る。 いつもと同じコーヒーを飲み、いつもと同じ歯磨き粉を使って、 いつもと同じぐらい歯を磨き、いつもと同じ時間に仕事にでかける。 いつもと同じ時間の電車に乗り、いつもと同じ車両で、いつもと同じ ようにスマホの画面をのぞきながら、いつもと同じビルに出勤。 いつもと同じ人に会って、いつもと同じ仕事をこなし、そしていつもと 同じ常識に従って1日を終えるワケです。 人間は習慣によって作られます。 毎日マンガばかり読んでいれば、マンガばかり読む人間になるし、 毎日能天気に暮らしていれば、能天気な人間になる。 当たり前のことです。 だとすれば、毎日同じような生活を続けている人は、毎日同じような 生活を続ける人になります。 これが何を意味するかは、あなたなら分かるでしょう。 彼らは変化しない人、それ故に、偏った個体であり続ける人になって いるのです。 綱渡りを思い出してください。 われわれが綱渡りをするとき、重心は常に前後左右に動き続けています。 右に重心を保ったまま、もしくは前に重心を保ったまま綱を渡ることは できません。 つまり綱を渡れる人というのは、一時的にどこかに偏ることはあっても、 いつでもその偏りから別の偏りへ重心を移動することができる、つまり 自らを変化させてバランスをとることができるのです。 しかし、多くの人は変化することを極端に拒みます。 「そんなのは今まで聞いたことがない」 「リスクが大き過ぎる」 「失敗したら誰が責任を取るんだ」 これが彼らの口癖です。 プラスの可能性には一切目を向けず、マイナスの可能性のことばかり 心配している。 毎日同じことを続けていると、こういう人間になります。 彼らにとって変化とは、もはや恐怖でしかないのです。   彼らは変化しないが故に、世界観や価値観も固定されています。 彼らは「在日は出ていけ」とか「中国は滅びて当然」ということを 平気で口にします。 彼らにどれほどの知識があるのかは知りませんが、在日朝鮮人や 中国人すべてと会って話したことがある、なんて人は一人も いないでしょう。 にもかかわらず、彼らは両者に属するすべての人を悪だと勝手に 決めつけているのです。 僕も中国人は嫌いですが、それは大阪に買い物にくる成金の 下品な中国人が嫌いなのであって、中国人全員が嫌いなワケでは ありません。 中国人は13億人以上もいるワケですから、その全員が下品な 悪人だったら逆にビックリです。 そこまで統制のとれた国家なら、むしろ尊敬します。 しかし、こういう素朴な発想が彼らには皆無なのです。 どこの国の人間であれ、同じ人間だということを彼らは忘れている。 加えて、自分がどれぐらい偏った価値観で相手を見ているのか ということも、彼らは自覚していません。 自分は日本人というブランドに値する人間なのか? 海外の人に絶賛される日本人としての資質を備えているのか? そういう問いかけが欠けています。 彼らは愛国心の高さゆえに、在日朝鮮人や中国人をバカにするのだと 思いますが、むしろそのバカにするという行為が、日本人の品格を 下げているということに気付いていません。 彼らは小学生の頃に友達から言われなかったのでしょうか。 「バカって言った奴がバカなんだよ」って。 それぐらいのことは小学生でも知っているのです。   人間は「不健康」になると、こういう自虐的なことを平然と、 むしろ正しいことだと思い込んで行うようになります。 僕も一時期、TPP反対派として不健康極まりない行動を 起こしていたことがあります。 そのときは自分の意見が絶対に正しいと思い込んでいて、 賛成派や野田政権はバカだと思っていました。 内閣府にメールを送ったり、ツイッターでギャーギャー叫んだり、 今から思うと相当恥ずかしいことをしていたと思いますが、 われわれは気を抜くと、いつでもそういう不健康な状態に なりうるのです。 この世に「絶対に正しい」なんてことは1つもありません。 どれだけそれが正しく見えても、視点を変えれば間違いになるし、 どれだけ間違いに見えることも、視点を変えれば正しいことに なります。 不健康とは、この「視点を変えれば」という前提を忘れている 状態です。 つまり、多くの人は視点を変えようとしない、自分の視点が1つに 凝り固まっているということを自覚していないから常に不健康で、 それゆえに不寛容で傲慢な人間になり、世界中でいろんな問題が 起こり続けるのです。   ここまで挙げた大きな問題にかぎらず、あなたの身近な問題も すべてあなたが不健康だから起こっているのだということを 理解してください。 失敗というのは、自分が不健康なときに起こります。 不安も恐怖も憎悪も嫌悪も嫉妬も後悔も憂鬱も怒りも、 ぜんぶ自分の不健康さが原因です。 よく怒る人を観察してみましょう。 彼らはいつも自分を正しいと思い込んでいます。 部下の失敗を自分の責任だと思っていない。 不良品を売るような店を選んだ、という自分の非をまったく 認めようとしない。 怒るという行為を恥ずかしいことだと思っていない。 だから自分を棚に上げて他人に怒りをぶつけることができるのです。 自分にも非があると思っていれば、誰も相手を怒る気にはなりません。 自分にも非があると思うということは、絶対に相手が悪いとは 思い込んでいない、ということです。 つまり「視点を変えれば」自分も悪いということを、その人はちゃんと 理解している。 これが不健康に対する「健康」な状態です。 不安や恐怖や嫌悪などについても、同様に考えてもらえれば、 いかに自分が普段不健康であるかが分かると思います。 そうやって不健康を自覚することによって、われわれは健康に なろうという発想を持つことができ、健康へ向かっていくことが できるのです。   何事も綱から落ちてからでは遅過ぎます。 肉体も精神も、綱から落ちる前にバランスをとって下さい。 人生は綱渡りです。 綱の下は今や断崖絶壁。 命を懸けて渡りましょう。 ありがとうございました。   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック   ...more»
安倍政権の成長戦略 ~これから日本はどうなるのか~
  先日、安倍総理が 「努力が報われる社会にするためにデフレを脱却し、景気を回復する」 という発言をしていました。 この発言は実は的外れなことを言っているのですが、あなたは何がどう 的を外しているか分かりますか?   こんなクイズを先日まぐまぐで配信しているメルマガで出題したの ですが、あなたは答えが分かるでしょうか? もしこの答えが分からなかったとしたら、あなたはこれから日本が 近い将来どうなるのかをまったく予測できないということです。 それがいかに危険なことであるかは言うまでもありません。 安倍総理のこの発言は、 「われわれ政府は今後、日本をこういう風に変えていきます」 と言っているワケですが、それは「絶対に」実現できません。 「絶対に」というのがポイントで、そもそもこの発言は、 まったく相反する性質のものを同時に実現すると言っているのです。 例えるなら「大きな小皿を作ります」みたいな。 それが実現不可能なことぐらいは、少し考えれば誰でも分かります。 そんなことを日本の総理大臣が堂々と成長戦略として宣言しているわけ ですから、近い将来、日本がどうなるのかぐらいは分かりますよね? 今のうちにそれを知っておけば対策を立てることも可能ですが、 気付かなければ・・・。 そんなワケなので、せめて安倍総理が何を言っているのかぐらいは この記事を読んで知っておいてください。 そのあとに対策を立てるかどうかはご自由にどうぞ。 それでは解説に入っていきます。   このクイズを考える上で最も重要なのは、安倍総理の使った言葉の 意味です。 特に「努力が報われる社会」という言葉と「景気を回復する」という 言葉がキーになります。 まず前者から見ていきますが、「努力が報われる社会」というのは 1月11日の記者会見では 「額に汗流して頑張って働けば必ず報われる真っ当な社会」 という言葉で表現されています。 もう少し続けると 「額に汗流して頑張って働けば必ず報われる真っ当な社会を 取り戻していくためにも、長引くデフレと円高からの脱却が決定的に 重要であります」 と言っているのですが、この発言から、総理は恐らく“かつて”の 古き良き時代を取り戻そうとしているのではないか、ということが 推測できます。 今時「額に汗流して」という労働者のイメージは明らかに古臭いし、 なにより「取り戻す」という言葉からは回帰を望んでいることが うかがえます。 それに加えて「真っ当な社会を取り戻す」と言っているところから、 総理は“かつて”の古き良き時代は真っ当だったけども、今の時代は 狂っていると考えているのではないか、ということも推測できます。 そうでなければ「真っ当な社会」や「取り戻す」なんて言葉は 使わないはずです。 特に「取り戻す」というのは、以前あった何かを取り戻す、 という風にしか使われない言葉ですから、総理の頭の中に過去が 想定されていることは間違ありません。 つまり、総理が言う「努力が報われる社会」とは、高度成長期や 平成バブルのことで、その時代の社会を総理は「真っ当な社会」と 考えているのではないか、ということです。   さらに話を深めていきます。 「額に汗流して」という言葉からも分かるように、安倍総理は努力を こういうイメージで捉えています。 とにかく働いて、とにかく生産して、とにかく売る。 それが恐らく総理の言う「努力」なのでしょう。 高度成長期や平成バブルの時期というのは、良くも悪くも作れば 作っただけ物が売れた時代です。 高度成長期はまだまだ物そのものが少なかったから、誰もが物を 欲しがったし、平成バブルの時期はお金が余っていたから、 誰もが物を欲しがりました。 どちらも物の需要自体は同じなので、作れば作るほど物は売れて いったワケです。 そう考えると当時最も報われた「努力」はさっきも言ったように、 とにかく働いて、とにかく生産して、とにかく売る、ということに なります。 働けば働くほど、生産すれば生産するほど、売れば売るほど、 その分だけ収入が増えたワケですから、その「努力」は 報われていたと言わざるを得ません。 だとすると。 安倍総理はこういう社会を「取り戻す」ことを考えているのでは ないでしょうか。 これを「真っ当な社会」と考えているのではないでしょうか。   この時点で既に安倍総理がどれだけ的を外しているかは分かると 思います。 総理が目指しているのは「次」ではなく「前」の社会であり、 その社会を彼は「取り戻せる」と思っているのです。 しかし冷静に考えれば、それがどれだけおかしなことかは誰でも 分かるはずです。 高度成長期や平成バブルのような景気は取り戻せたとしても、 当時の価値観まで取り戻すことはできません。 今まで売れていなかったものが、景気が良くなっただけで売れる ワケではないということです(詳しくは後述)。 また努力の定義もとっくの昔に変わっています。 かつては「とにかく働いて・・・」でよかったかもしれませんが、 今は物が溢れている時代であり、インターネットによってほとんどの 需要が無料で満たされてしまっている時代なのですから、 「とにかく働いて・・・」が報われないのは当然です。 それは景気が回復しようがしまいが、そんなのは全然関係なくて、 そもそも努力そのものが多くの企業で明後日の方向を向いている ということです。 ほとんどの企業は未だに「とにかく働いて・・・」を努力だと 思っています。 そしてあろうことか安倍総理は、景気を回復すればその時代遅れの 努力が報われると信じている。 みんなの給料が上がれば、平成バブルの時のように無駄なものを 買いまくるだろうと思っているワケです。 当たり前ですが、どれだけ金が余ってようと、誰もいらないものは 買いません。 ましてや、これだけ安い物が溢れ、無料の娯楽が増えた時代に、 無駄使いの余地はほとんど残されていません。 財布のひもが緩くなることはあるでしょうが、そうだとしても そのお金は時代遅れの努力ではなく、ちゃんと時代に合った努力を している一部の企業にだけ流れることになります。 実際、自分の周りを見てみて下さいよ。 うちの近くのイオン(ジャスコ)には、ライトオンとユニクロが 隣合って並んでいるのですが、みんなが足を運ぶのはユニクロです。 (※ライトオンはユニクロと同じ衣料品店です) ライトオンは休日でもスカスカですが、ユニクロは平日でも そこそこお客さんが入っています。 この状況で景気が回復して、みんなの給料が上がったとしたら ライトオンにお客さんが大量に来るようになるでしょうか? なるワケないですよね、そんなの。 結局お客さんが増えるのはユニクロだけですよ。 多少はライトオンの客も増えるでしょうが、そんなのはユニクロの 比ではありません。 つまり、このまま景気を回復させたところで、努力が報われない どころか、二極化が加速して努力が“できない”時代になっていく だけだということです。   まだまだ言いたいことはあります。 安倍総理の発言をさらに取り上げると 「委縮し続ける経済に決別をして、イノベーションや新しい事業が 次々と生み出されていくような、そして、それによって雇用と所得が 拡大をしていくという強い経済を目指してまいります」 ということを同じ記者会見で言っているのですが、これはまったく 逆です。 委縮し続ける経済と決別するからイノベーションや新しい事業が 次々と生み出されるのではなく、イノベーションや新しい事業が 次々と生み出されるから委縮し続ける経済と決別できるのです。 つけ加えて言うと、景気が回復すればするほど、イノベーションは 起こりにくくなります。 会社の給料が上がってきているのに、だれがそれを捨てて転職なんて するのでしょうか。 夏休みが9月2日まで延びたのに、だれが8月31日に宿題をやろう なんて思うのでしょうか。 この場合の転職や宿題がイノベーションです。 イノベーションというのは「このままじゃヤバイ」と思って必死に なるから起こせるのであって、景気が回復していて、先行き安心な のほほんとした社会でイノベーションなんて起こりません。 だって今までがそうだったじゃないですか。 景気が最高潮のバブルの時期にイノベーションが起こりまくってたら、 今頃日本はこんな不況にはなってなかったワケです。 そこを今の安倍内閣は分かっていない。 政府が余計なことをして、下手に景気を上向かせたりしたら、 それだけイノベーションの起こる時期が先送りになってしまうのです。 それで短期的には企業を救えても、長期的には絶望が待っています。 夏休みの宿題は、サボればサボるほど、それを片付けるときの絶望は 大きいのです。   第4回の経済財政諮問会議の議事要旨を読む限りでは、安倍総理 ふくめ安倍内閣の要人たちは、景気の後退によって企業の先行投資や 消費者の支出が委縮していることを懸念しているようです。 しかし、それは景気が悪いから委縮してるのではありません。 われわれがみんなリスクばかりを気にするようになっているから、 委縮しているのです。 行動経済学的に言えば、今のわれわれには支出や先行投資という リスクをおかしてまで手に入れたいものがほとんどない、 ということです。 例えば、結婚や恋愛には「別れること」がつきものですね。 あ、べつに深い意味はありませんよ(笑) あくまでも事実として言っているだけです。 くっついてしまった以上は、離れる可能性は必ず生まれます。 けれども、あなたは大好きな人と付き合ったり結婚したりする際に 別れるリスクや離婚のリスクなんて考えますか? 大好きな相手の家柄や年収なんて気にしますか? 普通は考えないですよね? ってか、そんなのいちいち考えてたら「付き合ってください」とか 「結婚してください」なんて言えないですよね? 人間は、本当に好きなことや好きなものに対してはリスクなんて 一切考えません。 要するに、今の日本企業には「お金のことなんて後から考えろ!」 (大好きだから付き合ってください)という情熱がなく、消費者には 「お金なんてどうでもいい」(あなたの家柄なんて気にしないわ)と 思える対象がないということです。   その意味で、企業の先行投資が委縮しているのは、リスクを恐れて いるからというよりも、遊び心を忘れてしまったからだと言えます。 彼らは「こんなことをすれば面白いんじゃないか」とか「これを やってみたい」ということを考えられなくなってしまっているのです。 それは業績が悪いから考えられなくなっているのではなくて、 考えられなくなっているから業績が悪いのだということに彼らは 気付かなければなりません。 仮に今回のような政府の援助があったとしても、遊び心は生まれて きません。 お金があればやりたいことが出来ると思っている人はかなり多いと 思いますが、実際にお金を手に入れてしまうと、やりたいことも やらずに無難に貯金して細々と生きてしまう人がほとんどなのです。 今のアベノミクスは、まさにそんな感じです。 企業の体質がなにも変わってないのに、お金だけ与えても意味なんて ないんです。 それは企業に無駄な「安心」を与えるだけで、チャレンジ精神や 情熱を煽るようなことには絶対にならない。 バブルの時期にあった先行投資は、単なる事業拡大であって、遊び心、 つまりイノベーションがあったワケではありません。 それは新しいことではなく、同じことをたくさんやっていただけ なのです。 当時はそれでよかったのでしょうが、今はもう時代が違います。 そんな報われない努力を、明後日の方向を向いた努力を、助けたって 無駄に決まってるじゃないですか。 今変わらなきゃいけないのは、経済でも政治でも景気でもなく、 「われわれ人間」 です。 そしてわれわれ人間が変わるのは、ほぼ例外なく、危機的状況に 陥ったときです。 われわれ人間は「このままじゃヤバイ!」と思って、はじめて 変わろうとするのです。 その段階をすっ飛ばして、お金をばらまくなんて、なんの意味も ありません。 どうしようもない人間にお金を渡しても、どうしようもない使い方しか しないということです。 なぜ、こういう当たり前のことを誰も言わないんでしょうね。 僕にはそれが不思議でなりません。   そろそろまとめに入りましょう。 アベノミクスの悲劇は、景気が人を変えると思っている点につきます。 「景気が良くなり給料が上がれば、みんな安心して色々なことに チャレンジするようになるだろう」 安倍内閣の要人たちはそう考えています。 しかし、ここまでで散々解説したように、それはまったく逆です。 景気が良くなって給料が上がったら、みんな安心してその環境に 甘んじてしまうのです。 景気が回復し、順調に売上が上がり続けている会社で、わざわざ リスクをおかして斬新なアイデアを実行する必要があるでしょうか? その状況では、多くの人はそのまま現状維持を考えるはずです。 だってリスクを冒さなくても、売上は順調に上がってるんだから。 つまり景気が回復すると、チャレンジ精神は大幅に下がって イノベーションは起こり難くなるのです。 こんなことは現実を見れば誰でも分かります。 けれども、頭の中だけで考えると、景気が安定していた方がみんな チャレンジしやすいだろうという考えになってしまうのです。 これは安倍総理や麻生大臣がバカだとか、そういう話ではなくて、 現場にいない人、中でも合理的思考に傾いている人は、こういう 考え方になってしまうということです。 だからこそ、われわれのような現場にいる人間がそれに気付いて、 ちゃんと指摘してあげなくてはいけない。 「それは違いますよ」って。 彼らは僕なんかより全然頭は良いワケですから、今みたいに例を 出して説明されれば、納得してくれるはずです。 もちろん、彼らに僕のような一個人の声を届けるのは容易では ありませんが、この声が広がれば、彼らも耳を傾けざるを得なく なると思います。 政治というのは、こうしてボトムアップ的に地道に変えていくしか 方法がないのです。 焦らずいきましょう。 そして、われわれだけは「現実」を見失わないようにしましょう。 それが安心して暮らせる社会を作るコツです。 ありがとうございました。 追伸1:参考資料。 この記事を書くにあたって、僕が参考にした資料のリンクを載せて おきます。 安倍総理の記者会見 第4回経済財政諮問会議の議事要旨   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック     ...more»
凡人とはどういう人間か
  今回はあらためて凡人の定義を確認しておきたいと思います。 いきなり最初からガツンと言ってしまいますが、凡人とは、 薄情で、怠惰で、迷惑で、傲慢で、残酷で、臆病で、保守的で、 利己的で、楽観的で、無気力で、無責任で、無関心で、無力で、 無知で、無価値で、自分がこういう人間であることにまったく 気付いていない無自覚な人間 のことです。 どんな人間も完全に凡人から脱することは不可能ですから 僕もあなたもどこかに必ずこういう要素を持っています。 ただ、唯一僕らが巷に溢れる凡人と違うのは、一番最後に言った 「無自覚な」 の部分です。 少なくとも、今あなたはこの記事を読んでいる時点で、自分が 凡人であることを自覚しています。 そして「凡人ではダメなんだ」ということも知っている。 だから凡人から脱することが“可能”なのです。   今の定義からも分かるように、僕が言っている真の意味での凡人は 自分がああいった人間であるということに対して無自覚です。 それゆえに、あの最悪の定義をなんら改善しようとしないし、 問題そのものを認識していないワケですから、彼らにそれらを 解決することはできません。 少し荒い言い方をすれば、彼らは “救いようがない” のです。 彼らの方から病院に来てさえくれれば、いくらでも診察することは できます。 病院で病人をほったらかしにする医者なんて、ほとんどいません。 しかし、自分から病院に来ない人を無理やり診察することは、 完全にいき過ぎたお節介だし、何よりも効果がありません。 そんな人はどれだけ優秀な医者がいても助けてあげられないのです。   多くの場合、彼らが病院にやってくるのは手遅れになってからです。 そのときには自覚症状が明確に現れているはずですが、それは既に 病気が末期まで進行しているということであり、そうなってからでは 優秀な医者の診察も意味がありません。 「余命半年です」 医者からそう聞かされた後、彼らはこう嘆くでしょう。 「こんなことならもっと色々やりたいことをやっておけばよかった」 これが典型的な凡人の生き方です。   あなたなら、今言ったようなことは既に分かっていると思います。 場合によっては「何をいまさら」と思っているかもしれません。 しかし「分かっている」のと「やっている」のとでは、雲泥の差が あるということを今あらためて理解してください。 どれだけ頭で分かっていても、やってないなら凡人と同じです。 今のまま何もやらなければ、あなたも彼らのように手遅れになります。 このメルマガをぼーっと読んでるだけだったら、あなたも彼らと 同類だということです。 それをよく自覚しておきましょう。   あの定義からも分かるように、僕らはつねに大量の病気を抱えて 生きています。 怠慢も、傲慢も、無気力も、無責任も、無知も、全部病気です。 これらはすべて 「行動」 によってしか、治療できません。 しかも、それらの病気は、行動しなかった日は確実に悪化する という厄介な特性を持っています。 この病気を治す薬なんてありませんし、薬のようにして売られて いるものは、どれも単なる麻薬です。 一時的な安息が得られるだけで、根本的には何も解決しません。 むしろそういう麻薬は病気の悪化を早める原因になりますから 絶対に使わないでください。 使ったあとにどうなっても、僕は知りません。   今のあなたに唯一希望があるとすれば、あなたは自分の足で ちゃんと病院に来たということです。 ここ以外にも病院はたくさんありますから、今からそっちに 移動して優秀な医者に病気を診てもらうのも1つの手かも しれません。 別に僕はそれを止めようとは思いませんし、それであなたの病気が 治せるのなら、素晴らしいことだと思います。 ただし、優秀な医者であればあるほど、その医者はあなたを 治療してはくれない、ということを言っておく必要があるかも しれません。 治療は自分でやらなければ意味がないからです。 優秀な医者ほど、それを深く理解していますから、彼らは正しい 診断はしてくれても、それ以上のことはしてくれないはずです。 「治療してもらうために病院に来たのに、なんで自分で治療しなきゃ いけないんだ」 そう思うかもしれませんが、あなた以外の人間が「行動」して、 あなたの病気が改善するはずがありません。 そんなことも分からなければ、その優秀な医者もあなたを相手に してくれないと思いますので、お気をつけて。   最後にもう1つだけ注意しておきます。 やぶ医者についてです。 彼らは一見すると善人の顔をしています。 彼らは心優しい人間のフリをして、薬を処方してあなたの病気を治すと 言ってくるかもしれません。 しかし、あなたの病気を治せるのは、あなたの「行動」だけです。 薬なんてものがあるとすれば、それは麻薬ですから、彼らの言葉には 騙されないでください。   凡人の定義については、もうこれぐらいで十分でしょう。 このあと、あなたがどうするかは、あなた次第です。 僕はこれから「正しい診断」、すなわち   1.凡人という病気を放っておくとどうなるか 2.凡人という病気を治療するにはどうすればいいか 3.凡人から脱することが、いかに素晴らしいことであるか   をお伝えしていく予定です。 もしあなたにやる気があるならば、手始めのそのやる気を僕に 見せてください。 その行動が治療の第一歩です。 レポートの中でも言いましたが、あなたから動かなければ、 あなたは絶対に変われません。 もう一度だけ言っておきます。 そのままだったら確実に死にますからね? 薄情で、怠惰で、迷惑で、傲慢で、残酷で、臆病で、保守的で、 利己的で、楽観的で、無気力で、無責任で、無関心で、無力で、 無知で、無価値で、それを何も直そうとしない人間が“普通に” 生きていける時代はもう終わってますから。 その危機感がないってことは、あなたが何も問題を自覚していない ということです。 つまりあなたは普通の凡人です。 今世界(日本を含む)で何が起こってるかを知っている人は、 必死で準備を進めています。 「まだ何も起こってない」んじゃなくて、あなたがそれを 知らないだけです。 自分の知ってることだけがすべてだと思っていませんか? このメルマガを読んでるだけで安心してるんじゃないですか? 凡人ほどそういう思い込みが激しくて困るんですが、そして だからこそ 「救いようがない」 のですが、ここまで言っても分からなければどうしようも ありませんね。 あとは勝手にしてください。   あ、それと、これで行動しないようなら、このメルマガの 存在意義はないとみなして、打ち切るかもしれません。 もちろん反応が多ければ続けますが、何の危機感も反応もない 「救いようのない人間」に情報を配っても意味ないですからね。 一応それだけ言っておきます。 それでは。 ありがとうございました。   ※この記事はメルマガ『脱凡人のすすめ中級』からの転載です。 ブログで公開しているのは全メルマガ記事の3分の1程度です。 すべての記事を読みたい場合は下のボタンをクリックして メルマガ『脱凡人のすすめ中級』にご登録ください。 登録後は、ブログ未公開記事を含むバックナンバーが 届くようになっています。 メルマガ登録はこちらをクリック   ...more»
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