今回は、前回の記事で登場した「名前」の考え方について
考察を深めていってみようと思います。

というか、もう僕の中では理論が出来上がっているので
それをただ記事にするだけなんですけど。

一言で言えば【名前とは何か?】という話です。

まあ興味があればどうぞ。

名前。

物(対象)には名前が付き物です。

僕らは「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」を
「パン」と呼び、「牛の乳から出てきた液体」を「牛乳」と呼び、
また「言語化された意味ある言葉の集合」を「情報」と呼び、
「人間の考える様」を「思考」と呼びます。

何のことはない、当たり前のことです。

しかしながら「パン」とか「情報」といった名前それ自体が
何なのかを知る人は恐らくほとんどいない。

それは名前という概念が空気の存在と同じぐらい僕らとって
当たり前過ぎるからでしょう。

一々空気を吸うことを考えなくても生きていけるように、
名前が何かを考えなくても僕らの生活には何ら支障は
ありません。

でも、だからここでは敢えて考えるワケです。

当たり前のことを当たり前としか認識できないような
大衆にならないためにね。

名前とは何なのか?

これは前回を読み返してもらえれば分かると思います。

名前とは、ある対象と私の関係

のことです。

「パン」とは「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで
焼き上げたもの」と僕の関係であって、それ以外では
ありえません。

その「パン」を「枕」と呼ぶとき、その対象と僕の関係は
「枕」であり、もはやその対象は僕にとって「パン」では
ないのです。

この辺は前回書いた通りですが、ここで重要なのは
その対象が「僕にとって」パンではないという部分。

ここでは客観的な(普遍的な)パンを語っているのではない、
ということに注意して下さい。

客観的な「パン」的なものは確かに存在します。

しかしそれは「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで
焼き上げたもの」であって「パン」ではないのです。

僕と「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」との
関係が食べ物である場合は、その名前は「パン」となり、
僕と「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」との
関係が文房具である場合は、その名前は「消しゴム」となります。

つまり、当事者がその対象をどう捉えるのかによって
本質的な次元で名前が変化するのです。

この話は前回紹介したアフォーダンスの概念とも
非常に深く関係しています。

アフォーダンスの概念をこの「パン」の話を例に
考えるならば

「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」という
客観世界に対して、僕が「パン」という個別の価値を拾い上げている

という感じでしょうか。

僕が言いたいのは、その拾い上げた価値との関係が
【名前】だということです。

先ほど僕が

名前とは、ある対象と私の関係である

と書いたことからも分かるように、【名前】そのものは
客観的に誰にでも当てはまるものではありません。

あくまでも【名前】は個別的な

「私の関係」

なのです。

通常の僕らの感覚では【名前】は対象そのものに
付けられた客観的なものだと認識しがちで、
「パン」と言えば、誰にとっても「パン」だと
思ってしまうところですが、実はそれは違うんです。

「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」と
「パン」はイコールではありません。

なぜなら「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」は
すべての人に共通でも、それをどう用いるかは、その対象を
「パン」として認識しているか、他のものとして認識しているか
によって違ってくるからです。

もっと細かく言えば、僕の認識している「パン」と
あなたの認識している「パン」も別物なんですが、
その辺は話が難しくなるので、次回、人間の名前と
併せて詳しく解説します。

ともかく今回の記事で分かって欲しいのは

「小麦粉をこねて発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」の
中にある1つの価値が「パン」であって、「小麦粉をこねて
発酵させ、オーブンで焼き上げたもの」自体には「パン」や
「消しゴム」以外にも無限の価値が含まれている

ということなのです。

そしてその無限の価値から拾い上げた1つの価値との関係を
僕らは【名前】と呼んでいる、と。

あとは次回に続きます。

乞うご期待。

ではでは。

追伸

最近よく出てくる【関係】という言葉は今後このブログを
理解する上で重要なキーワードになります。

なんで重要なのかはブログを読みつつ自分で考えて下さい。

これは別にケチって答えを教えないワケではなく、
僕には僕の答えがあるように、あなたにはあなたなりの
答えが必ずあるから、こうやって言っているワケです。

前回書きましたよね?

僕の世界とブラジル人の世界は違う、と。

それはつまり、僕の世界とあなたの世界も違う、
っていうことなんです。

国が違うだけでも答えが違うことがあるんだから、
いわんや世界においてをや・・・。

その辺は想像に難くないと思います。

まあ記事を重ねるごとに色々分かってくると思うので
気長に読んでやって下さいませ。