今回からそろそろ実践的な話をしていこうかなー、と思います。

今までの話はなんていうか、

「言ってることは分かるけど、だからどうなの?」

的な内容ばっかりだったと思うんですね、正直なところ。

そーゆー抽象的な話はもちろん非常に重要なんですが、
今の時期、やっぱり実生活に直接役に立つような知識が
求められているんじゃないか、と。

色々書きながらそう感じたワケです。

ヒーローとか理性的権威とか相対主義とかニーチェとか
ハイデガーとかなんだかんだ言ったって、結局のところ

「じゃあその知識は何の役に立つの?」

というのが本音ですよね?(笑)

今まで単純な知的欲求から僕のブログを読んでくれていたなら
それはそれで非常に嬉しいんですが、取り敢えず抽象度の高い話は
この辺にして、そろそろ今までの話が何に活きてくるのか、という
実際的・実践的な話をしていこうと思います。

で。

今回はタイトルを読んでもらえれば分かるように
【必要性】というものにちょっと注目してみます。

副題に

「なぜ人は時間を無駄にするのか」

って書いてますが、要はそーゆーことです。

もう少し突っ込んだことを言えば

「なんで人は必要なもの(こと)と無駄なもの(こと)を
区別できないのか」

という話。

ビジネスにはニーズという言葉がありますが、
それよりかもうちょい本質的です。

この話には、人は往々にして自分に必要なもの(こと)が
何なのかが分かっていない、という前提があります。

なんでそんな前提があるのか、というのは今までの僕の記事を
読んでもらえれば分かると思うので省略しますが、一言で言えば

【現代人のほとんどは明確な目標を持って生きていないから】

ってことです。

さて。

あなたにとって必要なもの(こと)とは何でしょうか?

急にこんなことを言われても分からないと思いますが、
すぐに答えられないことそれ自体がそもそも問題だという
意識を今この瞬間から持って下さい。

なぜなら、これがすぐに答えられないということは、
今自分のやっていることが本当に自分に必要なことなのかが
分かっていない、ということだからです。

極端に言えば、無駄な行動を毎日毎晩、365日繰り返している
可能性があるということです。

このブログを読むことは、ひょっとしたらあなたにとって
無駄なことかもしれません。

パソコンを触ることもあなたには無駄なことかもしれません。

もちろん逆も有り得るでしょう。

しかし、それが本当に必要かどうかはあなたが判断できなければ
他の誰にも分からないのです。

【必要】や【無駄】というのは、多くの場合、
客観的なものではなく、個人に依存する主観的なものです。

例えばテレビゲーム。

ある人にとっては時間の浪費でしかないようなテレビゲームも
別のある人にとっては商品開発のヒントを得るための大切な
リサーチかもしれません。

mixi。

ある人にとってはmixiはただの暇つぶしかもしれませんが、
別のある人にとっては仕事の依頼を得るための大事な
ツールかもしれません。

2ちゃんねる。

ある人にとっては歪んだ人間の溜まり場にしか
見えないかもしれませんが、別のある人にとっては
人の本音を探るための重要な情報源かもしれません。

ブランド品(シャネル、グッチ、ルイヴィトンetc)。

ある人にとってはただ高いだけの商品かもしれませんが、
別のある人にとっては自己意識を向上させるための
大事な道具かもしれません。

1日中、家でゴロゴロ。

ある人にとっては人生の無駄遣い以外の
何ものでもないかもしれませんが、別のある人にとっては
重要なデータを集めるための実験かもしれません。

例を挙げればいくらでも出てきますが、
まあこんなもんで十分でしょう。

つまり、目的によって【必要】【無駄】という判断基準(区別)が
変化するということです。

何を目的にするかは基本的には個人の自由だと思います。

「暇をつぶす」ということが目的なら
だらだらテレビゲームやったり、ぼーっとmixiを
眺めたり、家でゴロゴロしているのもアリでしょう。

ですが、もっと根本的なことを考えてみて下さい。

なんであなたは【暇】なのか。

することがない(決まってない)からですよね。

じゃあなんですることがないのか。

目標がないからです。

目標があれば、それに向かってやるべきことが
必ずありますから。

目標というのは「夢」とか「やりたいこと」と
言い換えてもいいかもしれません。

「弁護士になりたい」「お金持ちになりたい」
「ビッグになりたい」「自分の学校を作りたい」
「日本を変えたい」などなど。

しかし、目標は「あればいい」というレベルのものでは
ありません。

そこを勘違いしないで欲しいんですね。

よく、目標を持ちましょう、みたいなことが漠然と
語られますが、上記みたいに「弁護士になりたい」
とか思ってるだけじゃ意味ないんですよ。

だってそれじゃあ「宇宙飛行士になりたい」と言っている
小学生と一緒で、弁護士にはなれませんから。

確かに目標を持つことは重要です。

重要なんですが、本当の意味で重要になるには、
「いつまで」「どんな」弁護士になりたいのか、などを
目的に沿って具体化する作業が完了してからになります。

例えば「弁護士になりたい」という目標があったとしても
10年後になりたいのか5年後になりたいのか、それによって
【今必要なもの】が変わります。

10年後でいいなら大学でじっくり勉強するのもアリかも
しれませんが、家庭の事情や年齢的な事情で5年後や3年後までに
なんとかしないといけなかったとしたら、そんな悠長なことは
言ってられませんよね。

今すぐにでも参考書買いまくって、1日15時間とか
勉強しないといけない可能性があるワケです。

また、どんな弁護士になりたいのか、というのでも
【必要なもの】は変わります。

テキトーな弁護士でいいなら、司法試験の勉強だけ
やってりゃいいかもしれませんが、無敗の弁護士に
なりたい、とかいう場合にはもっと他にやるべきことが
あるはずです。

もっと言えば、弁護士になって何がしたいのか、というのも
【必要なもの】に影響します。

冤罪を無くしたい、社会的弱者を救いたい、というのであれば、
一般業務とは別にそういった勉強をする必要があるでしょう。

つまり

目標は目的と融合し、尚且つ、具体化されてこそ意味を持つ

ということなんですよ。

ここまでやって、やっと人は【必要】と【無駄】が
区別できるようになるのです。

こうやって見てみると、世の中のほとんどの人が
時間を浪費していることに気付くと思います。

そりゃたまには休むことも必要でしょうから
一時的にはゲームをしたり、ダラダラするのも
アリでしょう。

ただ僕が思うのは「みんな休憩し過ぎ」(苦笑)

目標も立ってないうちから休憩しててどうすんの、と。

それこそ前回書いた【不安を自覚してない】ってことです。

日々人生は浪費されているのに、それを不安にさえ思わず、
ただただ毎日をその日暮らしで過ごすだけ。

明日のことさえ考えず「今日は楽しかったなー」で終わり。

そんな下らない人生でいいなら僕は止めませんけど、
今この瞬間に僕のブログを読んでるってことは
多分そんな風には思ってないと思うんですね。

だからそんなあなたにこの言葉を送ります(笑)

あたかも一万年生きるかのように行動するな。
不可避のものが君の上にかかっている。
生きてるうちに、許されているうちに、善き人たれ。

ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス
って人が残した言葉です。

意味は分かると思います。

彼の残した【自省録】は僕にとって聖書的な地位を占めていますが、
この言葉も読み返す度、我に返ります。

あぁ、そういえば忘れかけてたなー、って。

特にわれわれ日本人はある意味最も【死】から遠い世界で
生活しているせいもあってか「いつ死ぬか分からない」
という当たり前のことを忘れがちです。

仮に言葉では言えたとしても、そこに実感が伴わない。

だから誰もが目標を持たず、毎日ダラダラと生活できて
しまうワケです。

幸いにして僕らには

「明日赤紙が送られてくるかもしれない」

なんていう不安はどこにもありません。

しかし約70年前の今頃。

それは僕と同年代であれば誰もが当たり前に抱く不安でした。

当時の人からすれば赤紙が死神からの手紙と
同じ意味を持っただろうことは容易に想像できます。

そんな状況で彼らは毎日何を考えて生きていたのか。

考えたことありますか?

リアルに「明日死ぬかもしれない」という不安を抱いたとき、
人は何を考えるのか。

もし分からなければ時間があるときにでも【きけわだつみのこえ】
という本を読んでみて下さい。

何かの参考にはなると思います。

随分話が大きくなりました。

でもこれでいいんです。

こうやって縦横無尽にいろんな知識を結びつけないと
人の理解というのは促進されないんでね。

それがなんでなのか、というのはネットワーク理論とか
マインドマップとか構造主義とか複雑系とかを学んでもられば
なんとなく分かると思います。

まあそんな話はどうでもいいか。

とにかく。

今回僕が言いたかったことをまとめてしまえば

満足した豚がいいのか、それとも、不満足な人間がいいのか

ってことです。

目標を持たない、ということはある意味で、
満足した豚なんですね。

毎日エサ(享楽)を貰ってればそれで幸せなのが豚ですから。
(豚の気持ちは豚に聞いてみないと分からないけど・笑)

逆に、目標を持つ、ということは目標を達成するまで
不満足なワケですから、それは人間(現存在)なのです。

更に、目標とは達成される度に更新されるものですから、
常に不満足なのが人間(現存在)なんですね。

豚は豚で幸せかもしれませんし、どっちがいいとは
僕には決められないので、自身で悩んで下さいませ。

ではではー♪

追伸

今回の話は人によって反論があるかもしれません。

「人生に無駄なことなんてないんだ!」みたいな。

確かに僕も「人生には無駄なことはない」と思ってる一派なので、
その意見には賛成なんですが、それは個人的には目的意識によると
思うんですね。

何にも考えずに普通にゲームをするのか、
「ゲームをするとどんなに気持ちになるんだろ?」
という疑問を解決するためにゲームをするのかで
得るモノが全然違いますから。

人生に無駄なことがないのは確かだと思いますが、
その人生を無駄にしているのは誰なのか?というのも
同時に考えてもらえると、より理解が深まるかもしれません。