前回は相対主義におけるヒーローの必要性とわれわれが抱える
潜在的不安の関係について僕なりの見解を書いていったワケですが
不安についてはまだ話し足りない部分があるので、今回は
その【不安】についてもうちょっと掘り下げていこうと思います。

毎回話し足りないことばっかりで申し訳ないんですが、
物事の側面ってのはホントに1回で話し切れないぐらい
いっぱいあるんですね。

多くの人はその1面しか見ようとしないから
いろんな間違いを犯してしまうワケで、
表裏一体なんて言葉があるように、物事には
最低でも2つ以上の側面があります。

ある人達から善い人だと慕われている人が
別のある人達からは極悪人だと言われてしまうケースが
世の中には往々にしてあるワケですから、その両面を
見ないことには「本当のその人」は分からないのです。

同じように、今回話す【不安】にも「負の側面」と
「正の側面」があるんですね(もっとあるかも)。

ただ、【不安】と聞くと普通は嫌な面(負の側面)しか
思い浮かばないと思います。

「不安で眠れない」とか「不安に押しつぶされそう」とか
「不安が積もって欝になった」とか、そんな話ばっかりが
世間では出回ってますからね。

さらに成功哲学や自己啓発などの書籍では
どう言われているかというと

「不安なんてぶっ潰せ」

的なことが堂々と、さも正しいことかのように
語られているワケです。

これじゃあ【不安】を悪者扱いしてしまうのも
仕方ありません。

しかし。

これから僕がお話しするのは【不安】の正の側面です。

人が不安を抱くのにはちゃんとした理由があるのですが、
というか、人には不安を抱かなければならない理由があるのですが、
その辺が一般的には無視されてますよね。

それを考えずに成功哲学が言うことを鵜呑みにして、
不安を削除してしまうとどうなるのか。

今回の記事を読んでその辺の恐ろしさを実感してもらえれば
筆者冥利に尽きます。

えー、まずは【不安】についての2つの捉え方を
紹介しておきましょう。

これは僕がある本を読みながら不安について考えていた時に
気付いたものです。

「お、そう言えば不安って、見えたり見えなかったりするかも」

って。

僕は本を読んでいるときによくアイディアが浮かぶんですが、
実は今まで書いてきた記事の大半はそうやって
生み出されたものだったりします。

基本的に僕の読む本というのは無駄に小難しい本が多くて(苦笑)
頭を使わないと1ページも進まない、という本が少なくありません。

普通に読んだら「何言ってんのコイツ」的な本ばっかり。

それ故に、僕が読書するときというのは否が応でも
脳みそフル回転で読まないといけないんですね。
(それぐらい僕の頭が悪いという説もありますが・苦笑)

しかし、そのお陰で(?)僕が本を読んでいるときというのは
脳が変なことまで思い出したりします。

昔の思い出が急に蘇ったり、昨日の友人との会話を思い出したり、
本を読みながらそんなことがグルグル回ってると、ある時勝手に
「ガチャ」って変なアイディアが浮かぶワケです。

読んでる本とは全然関係ないアイディアが(笑)

で、今回の不安の2つの捉え方というのも例によって
そんな風に生み出されたワケなんですが、その2つの捉え方とは
読んで字の如し【顕在的不安】と【潜在的不安】。

【潜在的不安】は前回の記事で書いたのと同じ
「無自覚な不安」のことです。

本当は不安なのに、それに気付いていない。

つまり、自分には不安なんて無い、と思われている不安です。

気付かれていない不安と言い換えてもいいかもしれません。

で、もう1つは【顕在的不安】。

こっちは一般に言われる不安と意味は同じです。

要は、自分は不安である、と自覚している不安のこと。

これら2つは便宜上、さも新しい概念かのように書いてますが(笑)
全然そんなことはなくて、われわれが普段から感じていることを
改めて言葉にするとこんな感じになりました、という程度のものです。

例えば就職前になって将来に漠然とした不安を抱き始めた場合、
それは、今まで気付かなかった将来に対する潜在的不安が
顕在化(表面化)して顕在的不安になった、という感じ。

将来に対するの不安なんてものは本当は生まれたときから
誰もが抱いていますからね。

「将来は宇宙飛行士になりたい!」と子供が言ったときに
親が真面目に向き合ってやれば、それはリアルな不安となって
子供の胸に突き刺さるワケです。

「あぁ、今のままじゃ宇宙飛行士になれないんだ・・・」って。

それを世間の親は「夢が大きくていいねー」なんて言って
テキトーに受け流してしまうから、不安が消えて空虚な希望だけが
先走ってしまうのです。

つまり大事なのは、不安が見えてるか見えてないか
(見えるようにするかしないか)なんですよ。

不安が早くに見えた子は、島田紳助の子供たちのように
将来の可能性を広げようと自ら勉強に励むし、
不安が見えないほとんどの子供たちは普通の人間として
学生生活を終える直前になるまで将来を考えない。

島田紳助の子供たちのエピソードをご存知でしょうか?

彼はある日、部屋で勉強ばかりしている子供たちを見かねて、
こんなことを言いました。

「子供なんだから、そんなに勉強ばっかりしてないで、
もっと外に出て遊びなさい」

すると子供たちはそれを断ったと言います。

そこで彼が

「なんでお前たちはそんなに勉強するんだ?」

と聞いたところ、子供たちは

「だって今のうちに将来の選択肢を増やしておきたいから」

と言ったそうです。

「遊びも大事」とか言っているその辺の大学生と
一線を画しているのは、もはや言うまでもありません。

不安一つでそこまでの差が出るワケです。

もっと極端な例だと「明日死ぬかもしれない」という不安も
今までその不安が潜在的不安として自覚できなかっただけで
本当はずっと存在してるんですよ。

だって人間誰しも、いつ死ぬかなんて分からないんだから。

それを自覚した者がハイデガーの言う現存在(Dasein)と
呼ばれる人なワケですが、まあそんな言葉は今はどうでもいいや。

とにかく。

ここで大事なのは、

不安を自覚するか否かで人の思考は大きく変化する

ということです。

「明日死ぬかも」という不安を真摯に受け止めている人は
今日死んでも悔いの残らない人生を計画・実行するでしょうが、
「退職したら何しようかな」と60歳まで生きることを
当然のこととして考えてる人は「今日の晩飯は何食べよう」
といった下らないことしか考えない。

不安を自覚するか否かはそれぐらい思考に差を生むのです。

不安を自覚すると当然、人は「考える」ようになります。

「彼女の態度が最近おかしい・・・」と不安になれば
イヤでも彼女のことを考えざるを得ませんし、
「試験に落ちたらどうしよう・・・」と不安になれば
試験のことを考えない方が難しいでしょう。

ただ、勘違いしないで欲しいのは「あー、不安だなー」と
思うだけで自動的に考えるようになるワケではない、
ということ。

「明日死ぬかもなー」とか「今地震が起こったらヤバイなー」
と思うだけならサルでも出来ます。

そうじゃなくて。

その不安と真摯に向き合えるかどうかが問題なのです。

「今地震が起こったらヤバイなー」と思ったときに
「じゃあ今何をしておいたらいいだろ?」と考えるかどうか。

「明日死ぬかもなー」と思ったときに
「じゃあ今日やれることを精一杯やろう」と思えるかどうか。

そもそも不安を抱かなければ話にならないのは
言うまでもありませんが、僕の言う【自覚】とは、
こうやって不安と「向き合うこと」を意味します。

要するに

不安と真摯に向き合った時、人は初めて【思索】できるようになる

のです。

現在は100年に一度の不況と呼ばれ、超一流と呼ばれたリーマンや
GMでさえバタバタ潰れてしまう時代です。

日本の大企業も軒並み赤字。

その影響を受けて派遣切りに遭い、今日を生きるために
必死の人もたくさんいます。

しかし、少し考えてみて下さい。

どうしてこんな酷い状況になるまで誰も対策を立てなかったのかを。

世界にはわれわれの想像を絶する知能をもった経済学者や
研究者がいます。

にも関わらず、なんでそんな人達までもがバブル崩壊を
予知(予期)とは言わないまでも予見できなかったのか。

金融バブルが分かり難ければ、平成バブルのことを
思い出してみて下さい。

当時、どうして多くの人はどう考えても資産的価値のない
北海道の山なんかを買ってしまったのか。

どうして多くの会社は(一流会社までもが)中途採用よりも
能力の劣る新卒生を無批判に給料を吊り上げてまで採用しようと
したのか。

答えは簡単。

【考えてなかったから】です。

どうして考えてなかったのか。

【誰も不安を抱かなかったから】です。

そう、だれも「このバブルは弾けるかもしれない」と
不安に思わなかったのです。

※金融バブルの方はジョージ・ソロスなんかが警告を
発していましたが、ほとんどの人はそういった意見に
耳を傾けませんでした

つまり、近年の不況(バブル崩壊)は

近年のわれわれの思考(思索)が停止していた証拠
(不安とは無縁のユートピアだと浮かれていた証拠)

と解釈することが出来ます。

アメリカで起こった金融バブルについては
不動産リートやデリバティブ、サブプライムローンなど
様々な金融商品(金融工学)を業界の知識人までが妄信して
思考停止に陥った結果、今のような悲惨な不況になってしまった。

具体的には、年収300万円ぐらいのサブプライム層の人でも1億円近くの
ローンを組むことができ、銀行もその手形を証券会社に全て
引き取ってもらうことができ、証券会社は金融工学という魔法で
その手形をトリプルA保証の金融商品に変えることができ、
投資家は年利10%ぐらいで元本がほぼ保証されたような証券を
手に入れることが出来た。

こんな誰が見ても誰も損しないシステムになってしまったが故に
大きな大きな落とし穴にみんなハマってしまったのです。

普通の神経で考えたら、年収300万円の人が1億円の物件を買えるなんて、
どう考えても【異常】なんですよ。

でもそれがバブルの時期だと誰も【異常】だと思わない。

それがある意味バブルの構造とも言えるワケですが、
まあそれはともかく。

不安を自覚しないと最悪の場合どうなってしまうのか、
というのはなんとなく分かってもらえたんじゃないかと思います。

さて。

これで冒頭で書いた

「成功哲学の言うことを鵜呑みにするとどうなるのか」

の意味は分かりましたよね?

【不安を潰す】

それは

【思考停止】

を意味するのです。

だから僕は無理矢理【不安を潰す】なんて不用意なことは
するべきじゃないと思うんですね。

むしろ、ちゃんと向き合えよ、と。

不安に気付かないことだって往々にしてあるんだから
気付いたときぐらいはそれが成長のチャンスだと思って
真摯に向き合おうよ、と。

それが理性を持つわれわれ人間に課せられた当然の義務だと
僕は思うんですが、いかがでしょうか?

まあどう思うかは人の自由ですが、ふと不安になったときに
この記事のことを思い出してもらえたら幸いです。

んじゃ、また次回もよろしくです。

ではではー♪